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フィリピンで反テロ法が成立 [フィリピンの政治経済状況]

1) フィリピンで反テロ法が成立 

 フィリピンのドゥテルテ大統領は7月3日、「反テロ法」に署名し、成立させた。

 「反テロ法」は5月以降、下院、上院で賛成多数で可決し、あとは大統領の署名を待つだけの状態だった。この間、マニラ市内では人権団体や学生組織などによる「反テロ法反対」のデモや集会が続いた。ミシェル・バチェレ国連人権高等弁務官など国際社会からもドゥテルテ大統領に同法案への署名を思いとどまるよう求める声が高まっていた。そのような声を無視し、成立させたのである。

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<フィリピン大学で反テロ法に抗議する人々6月4日>

 ドゥテルテ政権は2016年の政権発足以来、麻薬撲滅の捜査の過程で警察や軍によって何千人もの死者を出してきた。表向きは「容疑者が反抗したためやむなく射殺した」としている。いわば裁判なしの殺人を実行しており、警察・軍による「超法規的殺人」として、フィリピン国内や国連などの国際社会からも批判されてきた。「超法規的殺人」は今もなお続いている。

 2020年5月にドゥテルテ政権は、政権に批判的であるという理由で、フィリピン最大のメディアABS-CBNを閉鎖させた。

 そのような人権を無視してきたドゥテルテ政権が、「反テロ法」を手にしたのである。テロ容疑者の摘発で強大な権限が当局に与えられることになる。テロ容疑者の定義が不明瞭なため、労働運動、人権運動、農民運動、環境擁護運動などあらゆる反政府的な意見や要求を封じることができるのではないかとの懸念が広がっている。新たな武器をフィリピン政府に与えたことになる。

2) 反テロ法の問題点 
■ 令状なしの拘束、監視、盗聴が可能に

 成立した反テロ法は、テロリストとみなす人々を令状なしで逮捕できることになった(テロリスト容疑者を令状なしで逮捕できる命令を出す評議会を、ドゥテルテが設置することで可能となる)。 また、逮捕状なしに容疑者を拘束できる期間をこれまでの3日から最大24日に拡大した。「容疑者の90日間監視、盗聴が可能」になる。

 このような規定は、拘束期間を最大3日とするフィリピン憲法に違反する。
 同法違反で逮捕、起訴そして有罪が確定すれば最高で仮釈放なしの終身刑が科される可能性がある。

 ■ あいまいな「テロ」の定義、拡大解釈が可能 

 さらに同法では「スピーチ、文章表現、シンボル、看板や垂れ幕などでテロを主張、支持、擁護、扇動した場合も反テロ法違反容疑に問われる可能性」があることから、表現の自由や報道の自由が侵害される危険性が潜んでいると、反対派は主張している。

 また、反テロ法は「テロ」の定義を、「死傷者を伴う国有・私有財産の破損、恐怖のメッセージの拡散、政府に対する威嚇を目的とする大量破壊兵器の使用を意図すること」などと定義しているのだが、 このテロの定義はきわめて曖昧なのだ。例えば「恐怖のメッセージの拡散」とは、何を指すのか? 具体性が欠如しており、どのようにも拡大運用できる余地があるため、政府が恣意的に運用する危険性を容易に想像できる。同様に「大量破壊兵器」が具体的にどのような兵器を想定しているのかも不明であり、どうとでも解釈できる余地が残されている。

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<反テロ法へドゥテルテが署名したことを報告するハリー・ロケ大統領報道官>

3) 反テロ法の標的はだれか?

 2017年ミンダナオ、マラウィでのイスラム過激勢力による突然の占拠は1,000人もの死者を出し、鎮圧するのに5ヵ月もかかった。ドゥテルテ政権は、これを「反テロ法」提出の根拠としている。反テロ法の対象は国内批判勢力であることがほぼ明らかだ。ドゥテルテ政権は、「イスラム過激組織」と共産党系の「新人民軍(NPA)」をテロ組織として認定している。

 イスラム武装勢力(マラウィ・グループ)は、海外から送り込まれた傭兵組織であり、この組織はすでに掃討した。他方、ミンダナオのイスラム系住民の多くは、モロ・イスラム解放戦線(MILF)と合意し発足したイスラム自治政府に参加している。

 そのためドゥテルテの当面の標的はNPAであることが明らかだ、ただNPAにとどまらずNPAとつながり支援しているとみなすバヤン(Bayan)や国民民主戦線(NDF)の各組織、団体にも及ぶのである。合法的な労働組合や農民団体、女性団体が狙われている。また、1998年から施行された政党名簿制選挙から、合法政党バヤン・ムーナガブリエラ(女性団体)、アナク・パウィス(労働組合関係)を立てて選挙に参加し、2019年選挙ではバヤン・ムーナが3議席、ガブリエラが1議席を確保し、アナック・パウィスが1議席を失った。この合法政党も標的にされている。フィリピンの人々は労働組合、女性団体など自身の団体を組織する権利を持っているが、政府や軍・警察はこれまでも「赤のレッテル貼り(Red tagging)」をして弾圧してきた。警察や軍の権限が反テロ法によって強化されるのは確実で、弾圧がさらにひどくなると予想される。

 反テロ法発足により、弾圧は共産党系のみならず、あらゆる民主団体、人権団体、環境運動に及ぶと懸念される。

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<7月4日、反テロ法に抗議する市民ら マニラ  毎日新聞>

4) フィリピン国内外からの批判

 フィリピンの主要マスコミは連日政府側の思惑と反対勢力の主張を大きく取り上げて報じている。マニラ市内では人権団体や学生組織などによる「反テロ法反対」のデモや集会が続いた。
 フィリピンの人権団体「カラパタン」は、反テロ法を「ドゥテルテ政治がマルコス独裁政治を目指している」と手厳しく非難している。

 国際的人権組織「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」は「政治的な反対勢力の制度的取り締まりに悪用されかねない」と反対を表明。「政府に対して声を上げる人々を狙い撃ちにでき、フィリピンの民主主義は暗黒時代に入った」と非難した。

 テロの定義が広いことなどから人権抑圧につながるとの懸念から、国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは7月3日、「政権は国家の敵と見なせば、いかなる勢力でも仕留められる武器を手に入れた」との声明を発表した。

 労働組合への弾圧も広がる懸念があるとして、国際労働団体からも批判声明が出ている。日本の連合も批判する声明を出している。


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 連合のドゥテルテ大統領あての書簡

ロドリゴ・ロア・ドゥテルテ フィリピン共和国大統領閣下
Republic of the Philippines
Email: op@president.gov.ph
mro@malacanang.gov.ph;
pcc@malacanang.gov.ph


ドゥテルテ大統領

テロ対策法案(上院法案第1083号および下院法案第6875号)は国際労働基準に違反しています

 この書簡は、2007年の人間の安全保障法にとって代わる2つのテロ対策法案(上院法案第1083号および下院法案第6875号)の可決に関し、日本労働組合総連合会として、フィリピンの労働者と連帯し、深い懸念を表明するものです。

 私たちは、ITUC加盟組織およびフィリピン最大の労働組合連合体であるNagkaisaが強く反対する、新しい対テロ法案について非常に懸念しています。これら法案に貴殿が署名し法律となった場合、市民社会スペースと職場における権利をさらに保安対象化させ、縮小かつ抑圧し、労働者や労働組合活動家、その他の人権活動家や人権擁護者を、警察、軍、その他の治安機関による恣意的で無差別かつ根拠のない攻撃や嫌がらせ、脅迫と殺害の危険に今まで以上に晒すことになります。

 法案規定の多くは国際法と深刻に矛盾するものです。例えば、上院法案第1083号の第4項では、公共施設、私有財産およびインフラへのいかなる損害も、非常に幅広い「テロリズム」の定義の中に含まれています。この定義の下では、平和的かつ合法な労働組合活動への参加が土地や建物への直接的または間接的な損害につながったと解釈される可能性があり、適用範囲が過度に広いテロの定義によって、労働者は拘束の危険に晒されかねません。

 国際労働基準の下では、ストライキ権も含め、団結権行使を弱体化または阻害するような過度に広範な法的定義は結社の自由の原則に違反すると記憶していますし、とりわけ労働組合活動に関して政府がテロやその他の緊急立法に訴えることをILO結社の自由委員会は認めていません。

 同様に、上院法案第1083号と下院法案第6875号の第9項では、テロ行為に参加せずともテロ容疑者に賛同する意見表明やその他の表現を行うことを非合法化しています。両法案においてテロリズムの定義が幅広いものとなっているため、テロとみなされる抗議や集団行動に関して肯定的な意見を表明する、または好意的な私物を保有している労働者または一般市民はこの規定に抵触することになります。

 意見表明および表現の自由、とりわけ干渉なく意見を持つことの自由、またあらゆる媒体を介して情報と様々な考えを求め、受け取り、伝える自由は、労働組合権の通常の行使において不可欠である自由権を構成する点に留意します。したがって、対テロ法案における過度に広いテロリズムの定義を踏まえると、第9項は第87号条約および結社の自由の原則に違反するものです。

 さらに、上院法案第1083号の第3項(c)に注目しますと、ここでは、「…収監と尋問のために、テロリストまたはテロ組織や団体、または集団の支援者であると疑われる個人の外国への移送に」言及し「特例拘置引き渡し」を定義し、合法化しています。さらに「正式な告訴、裁判、または裁判所の許可なく、特例拘置引き渡しが可能である」とも記されています。

 この規定が、いかなる説明責任もなく、フィリピン国民および人権活動家や団体に対して適用される可能性があることを私たちは深く懸念しています。結社の自由委員会は「他のすべての人と同様、適法手続きの保障を享受する権利を労働組合員が保有するとの重要性を指摘」しています。委員会が、いかなる状況下でも、法的責任の制度無しに拘置引き渡しが発生するのは是認できないとした点に留意します。この規定は修正されなければなりません。

 さらに、上院法案第1083号および下院法案第6875号の第29項では、逮捕令状によるテロ容疑者への保護が与えられていません。逮捕や捜索の前に令状が発行されれば、治安当局による個人のプライバシーや財産の享受への恣意的妨害は不可能となりますが、両法案の致命的な点は、虚偽や悪意ある行為、告発および起訴に苦しむ人たちに対する救済措置が設けられていないことです。救済措置は、2007年の人間の安全保障法を改正する過程で削除されました。

 大統領、両法案の対テロ規定の中で国際労働基準に違反し不当な規定について幾つか言及いたしました。貴殿には、人権と自由権を尊重する環境の中で、法律および慣行において、団結権の享受を保障する義務があります。フィリピン政府が人権を抑圧するためにテロ対策やその他の治安維持法を用い、第87号条約の義務を遂行していない点について、国連およびILO条約勧告適用専門家委員会が既に数回にわたり不安を表明していることを私たちは懸念しています。

 フィリピンの人権状況について、憲法上およびその他の法的保護を損なう恐れがあるとして、対テロを目的とした新しい法律を採択しないよう、昨今、国連人権高等弁務官は貴国政府に注意を促しています。弁務官は「アカ認定」、つまり個人やグループへの共産主義者やテロリストとしてのレッテル貼りが、市民社会や表現の自由に対し繰り返されてきた強烈な脅威であるとも述べています。

 現在、この法律は貴殿の署名を待つばかりと理解しています。日本労働組合総合会は、貴殿が現行の形での本法案に拒否権を行使するよう求めます。このような対テロ法は、第87号条約ならびにその他の国際的人権義務を完全に遵守しつつ、三者間および多方面における公開協議を通じて熟考する必要があるのです。

敬具

日本労働組合総連合会
会長
神津里季生

cc:
Alan Peter Cayetano下院議長
Email : Alanpeter.cayetano@house.gov.ph

Vicente C. Sotto III上院議長
Email : Os_sotto@yahoo.com

Hon. Menardo I. Guevarra司法長官
osecmig@gmail.com

Hon. Silvestre H. Bello III労働雇用長官
Email : secshb3@dole.gov.ph, osec@gov.ph







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パンデミック下のフィリピン [フィリピンの政治経済状況]

 アンバ・バーラ(バタアン労働組合連合)のエミリから、パンデミック下の生活や活動の様子について報告が送られてきました。
 移動制限があり、地域によって異なりますが、バタアンでは10人以上の集まりは禁止されています。これを取り締まっているのがフィリピン政府の警察と軍で、強圧的な対応が問題になっています。

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パンデミックと「ニューノーマル」の時代
エミリー・ファヤルド ANBA-BALA事務局長

 100年前のスペイン・インフルエンザの時に世界の人々の上に起きたことを、今の時代に生きる私たちの間で再び経験したいという者は誰もいません。単純なインフルエンザが肺炎となり、世界中の何百万人もの人々を突然殺すことに、私たちは驚きました。パンデミックという新しい言葉を通じて、子どもたちばかりではなく大人たちにも、恐怖を教えられたのです。私の4歳の娘でさえ、私をパンデミックママ(母)と呼びますが、こんな風にさえ広まっています。

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<今に至るまでジプニーやトライシクル、バスなどの公共交通機関が許可されていないため、私たちは自転車を使って労働者のコミュニティに行き労働者やリーダーに会います>

 フィリピン政府は、コミュニティ検疫(ECQ)を最初にルソン島、次にセブ-ヴィサヤに、そしてのちにミンダナオにいくつかの支部を設置し実施しました。ショッピング・モール、学校、大小の施設、店、食料品店は閉鎖され、誰もが家に滞在しています。フィリピンでは、子供と大人が約60日間、家のなかに留まりました。週に1回、すべての家族のうちの1人だけが、市場に行き食料を購入することができます。COVID 19ウイルスに感染したい人はいません。誰もが感染を避けるために、政府と保健省の指示や規則に従っているのです。

 しかし、私たちにとって本当に苛立たしいことであるとともに、おそらくこうなるだろうと予想した通り、フィリピンのドゥテルテ政府は、困難な危機のこの時期にあってもなお、能力不足を露呈しているのです。ドゥテルテ政府のコロナ対策計画は、適切でもなければ決定的でもありません。政府がフィリピン大衆に同情と共感を持っていないことを、再び暴露したのです。差別なしにすべてのフィリピン人に補助金を与える代わりに、危機に際して政治的野心と腐敗の実行こそが、彼ら政府関係者の心に浮かぶ最初の事柄なのです。

 コロナウィルスによるパンデミックと戦う政府の「インターエージェンシー・タスクフォース(省庁間からなる対策センター)」の構成メンバーは、ほとんどが軍人であって、感染や健康の専門家ではありません。したがって、科学的および医学的側面の危機を解決するのではなく、軍事的観点から人々を抑え込むことで危機を解決しようとするのです。実際に行うのは、ウイルスの蔓延を回避すると称して、軍事戦術を適用して人々を強圧的に隔離するのです。

 コロナ危機のなかで、政府は飢えたフィリピン人へ助成金を出す予算を組みました。しかし、最悪なのは、政治制度と政治実行のプロセスに問題があるため、助成金は封鎖後、1か月と1週間経ってやっと、各家庭に支給されるような状態なのです。支給される前に人々はすでに飢えています。多くの労働者は補助金を受け取っていると思われていますが、残念ながら支給は公平ではなく、差別的です。ですから、政府の予算に補助金支出が組み入れられたにもかかわらず、今もなお多くの労働者が、労働雇用省からの補助金を受け取っていないのです。

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<椅子は事務所の外に置き、距離をとって話をする>

 このパンデミックのなかで「良かった点」は、自治体と一部の市長が、管轄区域の有能な指導者として名前をあげたことです。そのうちの1人は、有権者とのやり取りが非常に得意なパシグ市のヴィコ・ソット市長です。計画は正確で、機動性と彼の行動は人々を共感させています。彼は優れた指導者であり、今回の事態のなかで最も優れた市長の一人です。

 フィリピンの人々は政府や権力者の無能ぶりにうんざりしていますが、ヴィコ市長ような人物がいることは、私たちのなかからも優れた指導者が生まれるのではないか、という希望を与えてくれます。ヴィコ市長はまだ若く、理想主義者です。私たちが抱くリーダー像ではないリーダーシップを探っているのかもしれません。

パンデミック時のドゥテルテの優先順位付け:

 このパンデミックにおけるドゥテルテ政権の優先事項は何だと思いますか? COVID 19の感染対策で優先するのは、人々への補助金でしょうか? 残念ながらそうではありません。政権にとって緊急の法案は、反テロ法案(ATB)です。この法案とパンデミックとの関係は何でしょうか? 飢えた人々の口を弾圧でふさぎ、抗議しないこと、文句を言わないようにさせることなのです。

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<デスクトップ社の労働者協会(DEA:労働組合準備会)のミーティング>

「新常態」の下での私たちの主張

 私たちは今、「ニューノーマル(新常態)」のなかで活動しています。中央ルソンの各地方は、コミュニティに対する「全般的検疫(ECQ)」下にあり、人々にとって家の外の視界は限られています。ここバタアン州マリヴェレスの自由貿易地域の労働者は、まだ完全に働くことができておらず、労働者4万人のうち、約半分だけが働いています。労働者たちはCOVID 19の検査なしで働き始めましたが、社会的距離を保っただけです。通勤のための公共交通機関は動いておらず、保健省の手続きや規則を確認した、サービス車両の運用開始されました。しかし、確認は初めのうちだけでした。現在まで公共交通機関がまだないため、家から会社までどのように移動できるかは、労働者次第です。(6月30日記)

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<アンバ・バーラ(バタアン労働組合連合)の事務所内の様子>




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