SSブログ

マルコス政権をどう評価すべきか? [フィリピンの政治経済状況]

マルコス政権をどう評価すべきか?

 7月24日、マルコス大統領は就任1年を経て2回目の施政方針演説を行った。マルコス政権がこの1年何をやってきたかを見たうえで、どんな政権なのか評価したい。

1)新自由主義経済政策を堅持

 フィリピンの経済成長は、2022年は7.6%の高成長であり、23年第1四半期は6.4%だった。6%程度の高インフレではあるが徐々に低下しつつある。全体として経済の基礎的指標は堅調に推移しており、ここ数年間の好調な経済を維持している。中国、ASEAとの経済関係拡大がその要因である。マルコス政権の経済政策によるわけではない。

 マルコス政権は、現在の高度経済成長を維持・強化する方針を掲げ、そのために海外との経済関係重視を表明している。中国、ASEAN諸国や日本、欧州と結んでいる貿易協定やパートナーシップ協定をさらに世界的に拡大すると表明した。全体としては、継続して新自由主義的な方針をとる。

 外国投資の誘致にも積極的で、マルコス政権の最初の1年で投資委員会(BOI)承認事業が1兆2,000億ペソ、そのうち戦略的投資が既に2,300億ペソに達したと報告した。
マルコス政権の大規模インフラ投資政策「ビルド・ベター・モア」(BBM)は、ドゥテルテ前政権以上の対GDP比5~6%の予算を投じ続けるとしている。現在政府は新規123事業を含む194件の優先事業に取り組んでいる、とりわけてルソン島南北をつなぐ総延長1,200kmの高速道路網事業、パンパンガ州-マニラ-ラグナ州間の南北鉄道事業を説明した。また電力インフラ整備も掲げている。インフラ整備はフィリピン経済をさらに成長させるだろう。ただそこに利権、汚職をむさぼる政権でもある。

 ASEAN、中国や世界市場と結びついた新自由主義政策の下で、資本活動は活発になり経済成長している。ASEAN諸国との分業/経済関係の拡大、中国経済圏での経済活動がその基礎にある。フィリピンは製造業の発展、例えば部品産業、プラスチック成型、機械加工などはがタイやインドネシアに比べて遅れているが、ASEAN内での分業や協力関係拡大でその弱点をカバーしている。その中で都市部を中心にサービス業、建設業、不動産業などで順調な経済成長している。さらにコールセンターからIT産業への発展を見せている。こうした経済拡大は、マニラなどの都市部が中心であり、都市部での雇用を拡大している。と同時に、地方や農村では従来の社会関係が残存しており、都市と農村間で、あるいは都市内部での格差拡大、貧困層の増大をもたらしているのも事実だ。

 これら政権の経済政策はフィリピン資本家層の利益に従っており、資本家層の支持はマルコス政権のよって立つ基盤である。

2) マルコス、農業と公共事業の利権を握る

 マルコス大統領は農業省長官を兼ねている。コメの価格を20ペソ/kgにまで抑えると公約し、その実現のため、政権は「大統領のカディワ(KNP: Kadiwa ng Pangulo)」プログラムを発足させた。食糧供給、インフレ/貧困対策として、農業、漁業、畜産業への補助金や主要穀物の買い取り制度(カディワ制度)の実施である。そのため7,000ヵ所の買取所を設置するとして予算を投じている。確かに買取価格を上げれば農民らの収入を増やすことができる。しかし、本当に救済するとしたら莫大な国家予算が必要となり、たちまちのうちに債務は拡大してしまう。いずれ、言葉だけの「人気取り政策」に終わる。
また、退役軍人等に国有地を分配、農民の農地購入支払いのための猶予期間と資金アクセスなどを掲げている。しかしこの政策も「人気取り」以上のものではない。政権は、地主制度(=大土地私有制度)の廃止、農地改革を実行するつもりなどない。これまで歴代政権がごまかしてきた政策の上塗りだ。地方と農村の貧困化は止まらない。

 他方、フィリピン経済の成長、都市におけるサービス産業の拡大、サービス産業の「輸出」が、一定の雇用を吸収する。その結果マニラなどの大都市圏への人口流入は続く。

 また、医療制度の整備がフィリピン社会にとって必要なことはコロナ禍を経て一層明確になった。しかし、多くのフィリピン人は高額医療費のために病院にかかることができない。マルコス政権は解決策としてフィリピンの農村や貧困層への医療アクセスのためのメディカル・センタープロジェクト、「地域への総合病院の配備」(クラーク地区の病院がモデル)を掲げているが、国民皆保険がなく国民多くが医療費を払えない根本原因を解決するものではない。これも「人気取り」政策であり、いずれ消える。

 むしろ逆に、これらの「人気取り政策」が、政府の債務拡大やマルコスを含む政権周辺の汚職の源泉となることは、ほぼ間違なく予測できる。マルコス大統領と政権に群がる支配層は、巨額のインフラ公共事業の大部分と農業分野を握った。この分野はこれまでもフィリピンの2大汚職事業であった。

 国民からすれば無駄な、政権周辺からすれば「利権のため」に必要な、そのような政策を実行する政権である。したがって、マルコス政権は父マルコス政権やこれまでのアロヨ、アキノ政権とまったく同じように、支配層内で利権を配分する統治スタイルをとっていると言える。マルコス政権はASEAN,中国との経済関係を拡大し経済成長を図るとともに、政権周辺に利権を配分することで成立している。そのような面もきちんと見ておかなくてはならない。支配層であるフィリピン資本家層は、マルコス政権が経済発展を阻害しない程度の振る舞いであれば、容認するとみられる。

3)反政府勢力への対応、労働組合・人権団体の弾圧

 マルコス政権は武装勢力の社会復帰を促すため、政府に投降した構成員に対して「恩赦を与える」と公約した。1年を経てみると、これはミンダナオ/イスラム解放戦線(MILF)の元メンバーに対してだけであり、新人民軍、共産党勢力は対象外だということがわかる。イスラム武装勢力に関しては自治区も含めて具体的な言及がなされるが、もう一つの和平対象であるはずのフィリピン共産党と新人民軍(NPA)への言及はなかった。

 23年7月24日の施政演説があった翌25日、フィリピン共産党(CPP)は声明を出し、「フィリピン共産党と新人民軍は恩赦と投降という背信的な申し出を断固として拒否する」とした。現時点でNPAとの唯一の活動的な戦線である北サマールを担当するフィリピン国軍ビサヤ司令部は、7月31日、CPP-NPA幹部に対する軍事作戦を集中的に継続すると表明した。「CPP-NPAの幹部たちに圧力をかけ、武器を捨てて法の下に戻るよう、集中的な軍事作戦を容赦なく継続する」(ビサヤ司令部ベネディクト・アレバロ少将)。

 CPP-NPAに対してばかりでなく、労働組合活動家、農民運動家、人権団体、教会関係者、環境運動関係者などに対する嫌がらせ、脅し、逮捕、超法規的殺害は、マルコス政権になっても続いている。
「マルコス大統領は人権を守ると誓ったにもかかわらず、赤タグ付けや「ドラッグ戦争」による殺害と弾圧がいまだに続いている。」(国際人権組織ヒューマン・ライツ・ウォッチのクラウディオ・フランカビラの声明)と告発している。

4)支配層内で親中と親米の綱引き

 ドゥテルテ前政権は「米中等距離外交」を掲げ中国と接近し、ASEANの一国として経済関係を密接なものにした。ASEANとの連携、中国市場への輸出、中国からの投資は増大し続けている。その意味では、支配層であるフィリピン資本家層にとってドゥテルテは功労者だ。

 マルコス政権もその基本方針を踏襲しているが、その一方で米政府の要請にこたえ、台湾への軍事的支援を見据えたルソン島北部の複数の基地の米軍利用許可へと踏みこんだ。中国の戦略潜水艦は海南島海口を基地としており、外海に出るにはバシー海峡を通過しなければならない。米軍に中国潜水艦の探知・攻撃基地を提供したことになる。

 フィリピン支配層内で親中と親米の綱引きが確かに存在する。(誤解のないように指摘しておくが、親中派と親米派とは傾向の違いであり、権力争いの材料としているとみるべきだ。親米派と云えども以前の米国の支配下に戻ろうなどと主張はしていない)。米国とフィリピン親米派は南沙諸島、アラギン礁での中国海軍との衝突を煽りたてている。衝突に際しては、マルコスは「フィリピン共和国の領土を1インチたりとも外国勢力に分け与えるようなプロセスは踏まない」と発言するに至っているが、戦争をするわけではない。フィリピン軍は国内反政府勢力弾圧のための軍であり、海軍空軍はほとんど持っておらず、外国と闘う力はない。ドゥテルテの発言によれば「中国と戦争などできない」。そのことは認識している。

 南沙諸島(スプラトリー)の所有をめぐり、ハーグ国際法廷は2016年に「どちらのものでもない」とする判決を出した。これは中国とフィリピン間に対立を起こさせ、かつ米軍がこの地域に進出する理由をつくる米国戦略に従ったものであった。中国は判決を認めていないし、ドゥテルテも判決は紙切れだとした。マルコスは、「北京との紛争解決にはこの裁判結果は役立たない、(ハーグ判決を外交的に利用する)選択肢は我々にはない」と述べている。さらに、23年1月には中国との領土紛争解決の役割を米国に許すことは、「災いのもと」だと、マルコスはDZRHラジオ語っている。(マルコス大統領は決して見識のある政治家には見えないが、日本の政治家、自民党や野党の政治家に比べるならば、相対的にはよりしっかりした見識を持ち対応していると言える。)

 中国/ASEANとフィリピンの経済関係は深まっており、もはやあと戻りはできない。米国はこれに代わる市場開放、資金援助・投融資・移転技術などの経済政策をフィリピンに提示することができない。日本が防衛協力などを提示して必死につなぎとめようとしているが、フィリピン政府は「綱引き状態」を保ち、双方からの援助を引き出す対応であるようだ。この先、米国とドルの力の低下、中国とBRICSの権威増大という急速な世界の変化を、マルコス政権が敏感に感じとり、さらに対応を変化させるかどうかは現時点では不明だ。その範囲においてのみ事態は流動的である。

5)人々の側からの批判、争点

 マルコス大統領は選挙戦を通じて、父マルコス大統領の評価を偽造する宣伝をしてきた。歴史修正主義と批判されている。その一例は、23年8月になって、マルコス元大統領一家が1986年の2月政変で大統領府を追い出される直前の72時間をマルコス一家のメイドを通じて描いたドラマ映画『マラカニアン宮殿のメイド』が各地の商業施設、シネマコンプレックスなどで上映され、多くの観客が入っている。マルコス政権は大量の資金を投入し露骨に歴史を塗り替えようとしているのだが、それが一定の功を奏しているのも現実のようだ。大企業や商工会議所が『マラカニアン宮殿のメイド』のチケットを大量に購入し配布している。偽情報、歴史偽造をSNS で大量に流すのがマルコス政治の特徴だが、『メイド』もその一つである。

 その一方で、マルコス元大統領の戒厳令時代に弾圧を受けた学生や労働者たちを描いたミュージカル映画『KATIPS:新たなカティプーナンの闘士たち』も同じ時期に上映されている。

 このように歴史修正主義に対する対立は様々に形を変えて続いている。

 マルコス大統領に批判的な組織の多くは、○超法規的な殺害・抑圧や赤タグ付けに代表される人権侵害、○共産党/新人民軍との和平、○偽情報や歴史修正といった情報操作、○汚職等の深刻化に強い懸念を示し、かつ批判と抗議行動を繰り返している。この先もこの課題がマルコス政権に対する人々の側からの批判の主要な課題、争点となる。

 マルコス政権になっても、労働組合のリーダーや組合員、人権団体、協会関係者に対する軍による殺害、脅し、監視、あるいは嫌がらせは続いている。政府に批判的な団体メンバーの失踪事件や違法逮捕等に対する政府の対応に、批判の矛先が向いている。その一方で、超法規的な殺害を犯した軍や警察に対する裁判や国家人権委員会からの告発などの動きもあるが、いまだ確固としたものとなってはいない。

 マルコス大統領は「人権を守る」と誓ったにもかかわらず、就任1年を経ても、この問題に言及さえしていない。彼の政治スタイルは、都合の悪いことにはまったく触れない、その代わりにSNSで偽造した歴史や宣伝を大量に流すという対応をしてきた。こういうやり方はマルコス独自のスタイルである。
労働運動、人権侵害の告発、環境運動などの市民運動は、いくつもの面でマルコス政権に対峙し批判し、人々の支持を得る困難な活動をこの先も重ねていくことになるだろう。(8月18日記)







nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:ニュース

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。