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「水平分業」が半導体産業のスタイルに  [世界の動き]

「水平分業」が半導体産業のスタイルに

1)世界の半導体企業の時価総額ランク  
 21年3月の世界の半導体企業の「時価総額」上位5社は、下記の通りとなっている。20年前と比べ「顔ぶれ」は大きく入れ替わった。

21年3月末の「時価総額」  
1)TSMC(台)   : 5,468億㌦
2)サムスン(韓)  : 4,743億㌦
3)エヌビディア(米):3,092億㌦
4)インテル(米)   :2,528億㌦
5)ASML(蘭)    :2,218億㌦

2000年末時、「時価総額」
1)インテル(米)   : 2,023億㌦ 
2)テキサス・インスツルメンツ(米): 1,604億㌦ 
3)サンマイクロ・システムズ(米):  897億㌦ 
4)クアルコム(米)  :  615億㌦ 
5)STマイクロ・エレクトロニクス(米): 387億㌦ 
(21年3月12日、日本経済新聞)


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<TSMC(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company, Ltd.)>

 半導体企業では、受託生産企業(ファウンドリー)であるTSMC(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company, Ltd.:台湾積体電路製造)が、時価総額で世界首位となった、全産業の中でも世界11位。微細化量産技術で競争力を獲得し、最先端のロジック半導体の受託生産で世界市場の60%以上を生産している。またASML(蘭)は、微細化を可能にする露光装置で独走している。背景には、微細化量産技術競争がある。

 TSMCに半導体製造を委託している企業として、売り上げに占める比率の順に、アップル(25.4%)、AMD(9.2%)、メディアテック(8.2%)、ブロードコム(8.1%)、クアルコム(7.6%)、インテル(7.2%)、エヌヴィディア(5.8%)と続く。

 TSMCは、1987年設立、Morris Chang CEO、従業員5万人、2020年売上:455億ドル(前年比31.4%増、時価総額が5,597億ドル(21年5月)、全世界500社以上の顧客企業に半導体を納入している。

 TSMCは、20年春に線路幅5㌨品で量産・納入を開始し、22年3㌨品量産、24年2㌨品量産を始める計画だ。サムスン電子は、メモリー分野で世界シェア1位であるとともに、受託生産企業としてTSMCの後を追っている。20年末に5㌨品量産を始めたが、未だ歩留まり(良品率)が悪いようだ。主力は7㌨品を量産中。インテルは7㌨品の量産に失敗した、現在は14㌨品を量産している。7㌨品の量産は23年になる見込み。

 線路幅が小さいほど、性能が良くなるし、面積は小さくなるので一定のシリコン結晶材からより多くの半導体を生産できる(コストダウンできる)。
 ASMLは微細化に実現する製造装置の一つのEUV露光装置を独占する。キャノン、ニコンは競争に敗れ露光装置市場からすでに退場した。

2)「垂直統合モデル」の崩壊、「水平分業」へ

 インテルは、自社でCPUの設計から量産まで行う「垂直統合モデル」で長らく半導体産業に君臨してきたが、この「垂直統合モデル」が敗退・崩壊し、「水平分業」が広がっている。それを象徴するのがTSMCの躍進である。前述の通り、半導体産業で時価総額世界一位となった。

 米AMDはPC用CPU設計に特化し、量産はTSMCに委託し、性能の優れたCPU(Rizen5000シリーズ)をすでに供給している。データセンター用CPUでもシェアをあげている。

 アップルはこれまで、自社PC(アップルコンピュータ)用CPUをインテルから受給してきたが、自社で高性能CPUを開発設計しTSMCへ量産を依頼し、自社PCに使用し始めた。

 半導体はPC用ばかりでない。最近ではスマホ用、クラウド=データセンター用、ゲーム用のCPU市場が急速に拡大している。スマホ用はすでに米クアルコム社など各社が設計し、TSMCやサムソンが量産し、スマホメーカーに供給する態勢ができ上っている。

 米エヌビディアは、主力のGPU(画像処理半導体)を、ゲーム用やデータセンター向けに急速に伸ばしている。データセンター用GPU+CPU「グレース」を開発し、インテルの納入先を奪いつつある。

 アマゾンは、データセンターの頭脳として自社で開発設計した半導体「クラビトン」を、TSMCで量産しすでに実用化済だ。不必要な機能をそぎ落とし省電化した。

 グーグル、マイクロソフトも自社のデータセンター用に自社開発した半導体を活用しようとしている。

 90年代半導体王国だった日本の半導体企業のほとんどは、競争に敗れ市場から退場していった。メモリー生産のキクオシア(東芝系)、光センサーCMOS半導体生産のソニー、半導体製造装置の東京エレクトロン、シリコン結晶材の信越化学とSUMCO、そのほか材料・原料を納入する企業が残っているだけである。

 半導体産業におけるこれら「再編の動き」は、インテルの「垂直統合モデル」が敗退し、設計ソフトを使った各社での設計、TSMC・サムスンでの受託生産、ASMLを含む各社による製造装置生産などの「水平分業」に置き換わりつつあるということだ。すなわち半導体産業の業態が大きく変貌したのである。

 2000年代から、半導体の設計・開発と生産を別の企業が担う「水平分業」が加速し、受託生産が急拡大した。かつては、半導体の付加価値は設計にあるとされ、生産は外注して、投資とリスクを抑える事業モデルが広がった。受託生産は、量産技術が革新するたびに、莫大な資本を投下し、巨額の設備投資を更新することが適宜必要とされ、スピード感をもって対応しなければ競争に敗け「勝者総取り」となる厳しい市場だ。当初は、高リスク、低リターンの割の合わない事業とされた。

 ところが、数ある受託生産企業のなかで抜きんでた量産技術を常に革新し保持してきたTSMCが勝ち残り、「勝者総取り」の様相を呈している(残りの多くの受託生産企業は敗退し退場していった)。そして「勝者総取り」のファウンドリー企業が優位になる「転換」が起きたのである。
 製造装置でも、微細化露光装置で抜きんでたASMLが同じように露光装置市場で「勝者総取り」の地位を得ている。

 開発・設計への特化においては、最先端の領域で研究開発ができているかが重要になっている。半導体の設計ソフトは、米クアルコム、英アームが支配的な地位を保持している。

 これらは半導体産業において、「垂直統合モデル」が敗退し「水平分業」に置き換わったことを示す。

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<サムスン電子本社>

※「垂直統合モデル」について

 現在、「垂直統合モデル」を形成している業界に自動車産業がある。自動車会社が配下に組み立て子会社、部品会社、下請け、材料会社など、多数の企業を垂直構造に統合している。トヨタはそのトップに君臨している。

 この自動車業界でも、CASE化によって根本的な技術革新が起きており、莫大な額の投資がなされる開発競争に入っている。リチウム電池製造、モーター+インバータシステムなどの有力な部品会社、車のコンピュータ化を実現する巨大なIT企業などが参入し、トヨタ一社では賄いきれない莫大な額の投資が必要となっため、各企業が参入し、開発競争に有利とみられる企業と連携したりして、熾烈な開発競争を繰り広げている。従来の「垂直統合モデル」が再編・解体される過程に入った。果たしてトヨタがこの先も自動車産業に君臨し続けることができるか? 極めて流動的であり予断を許さない。

 かつて1970年から1990年頃まで、日本の電機産業は長い期間を経て「垂直統合モデル」を形成し、その結果、米GE、米ゼニス、蘭フィリップスなど「テーラー生産システム」の家庭用電機大企業を駆逐し、世界市場を席巻していた。トップに電機独占が君臨し、その下に子会社、組み立て子会社、部品会社、計測器会社、下請け、孫請けなど何層にも階層を形成し、すそ野は東南アジアを中心に海外にも広がっていた。「すそ野」(下請け、孫請け、部品会社)は、低賃金の利用形態でもあった。
 これが、1990年代になり、パソコン、携帯電話などで一挙に巨大な市場が生まれ、一方で、欧米を中心に仕様・規格を先行して決定するなどして特定企業が参入し、スピード感を持った投資競争で主導権を握り、日本の電機産業の独占的な地位を崩していった。そのことは、日本の電機産業における「垂直統合モデル」崩壊の端緒となった。いまでは、家庭用電機製品は、中国、韓国などの企業がより機動的で柔軟な「垂直統合システム」に再編し、世界市場を席巻している。

3)一方、中国勢はどうか?

 中国企業は、上記の半導体量産技術、開発設計ソフト、製造装置、半導体材料などにおいて、莫大な投資を行い急速に技術を吸収しつつあるものの、最先端の半導体を自前で設計し量産、調達できる水準にまでは達していない。

 現時点での最大のネックは、半導体受託生産である。TSMCに生産依頼しなければ、最先端の半導体を入手することはできない。米政府による勝手な制裁(「安全保障上問題がある」とするこじつけの理由)で、米商務省産業安全保障局(BIS)は、2020年5月、ファーウェイとその関連企業への輸出管理を強化すると発表した。ファーウエイは、5Gスマホ用のCPUを、子会社の海思半導体(ハイシシリコン)で設計・開発し、TSMCに委託生産していたが、20年9月からはTSMCの半導体を調達できなくなり、スマホ市場で大打撃を受け世界シェアを落とした。最先端スマホを生産できなくなるとともに、20年11月には、資金調達のため、低価格スマートフォンブランド「栄耀(オナー)」を手放さざるを得なくなった。

 TSMCに代わる役割を担う中国の半導体受託生産企業SMIC(中芯国際集成電路製造)の時価総額は、349億㌦で半導体大手では22位であるが、現在は14㌨品の量産しかできておらず、TSMCに比べると量産技術は10年程度の遅れがある。米国は、20年12月、SMICを制裁し、10ナノ以下の製品を作る技術のSMICへの輸出を制限した。

 設計開発においては、現在は使用している米クアルコム、英アーム社などの最新の設計ソフトを今後も引き続き使い続けることができるかどうかが焦点で、米政府は制裁の姿勢を見せている。

 こういう「不法なこと」、「野蛮なこと」が公然と行われている。これが、先進国・米国のやり口なのだ。米国の覇権を維持するためには、何でもやるという姿だ。
 そして、自身のことを「民主主義国」と呼んでいる。自分で自分の、評判を落としていることが理解できないのだろう。あるいは、理解したうえで、フェイクニュースを溢れさせれば、何でもごまかせると思っているということか。

 中国政府は、米国の制裁に関係なく、独自に最新の半導体を調達できるようにするため、自前で最高水準の設計技術、量産技術の獲得にむけて莫大な投資を行っている。しかしまだ、最先端半導体を中国内で生産・調達できるに至っていない。少なくとも数年~10年程度かかるだろう。 

4)中国への米国の対抗手段に半導体産業が使われる!

 半導体の受託生産は世界的にみて一部の地域、台湾、韓国、中国に集中している。特に台湾(ほとんどはTSMC)は、6割以上を占めている。
 
2021年半導体受託生産世界シェア (台湾トレンドフォースの予測 国籍は企業の本社所在地別)
 ①台湾    : 64%
 ②韓国    : 18%
 ③中国    :  6%
 ④その他   : 12%

 5月12日日経によれば、台湾半導体4社投資計画は、14兆円に達している(内訳:TSMC:11兆円、南亜科技:1,2兆円、UMC:5,850億円、力晶積成:1.086兆円)。投資計画先の9割が台湾であり、海外の新工場の立ち上げには乗り気ではない。

 サムスンは(5月13日、発表)、ソウル近郊平沢(ピョンテク)に、2兆円を投資して第3新工場を建設し、22年下半期に稼働させ、最先端半導体の受託生産とメモリーを生産する。また、2030年までに、システム半導体分野に16.5兆円投資し、TSMCを追い上げる。

 こんな時に、世界的な半導体不足が起きている。
 米中対立で、半導体の「国産化」、あるいは半導体生産の米・欧州地域への誘致の要請など生産・供給の分断が進むなか、米中を中心にコロナ後の製造業での景気が急回復し、半導体需要が急増した。一方、そんな時に、21年2月米テキサス州の寒波による停電で半導体工場が生産停止した。また3月10日、火災でルネサスエレクトロニクス(自動車用半導体、40㌨m品を生産)が生産を停止した。被災した半導体工場はすぐには再稼働できない。代わりに生産しようにも、TSMCやサムソンなど半導体受託生産企業はフル生産状態で応じられない。しかも、自動車用半導体は前世代仕様(線路幅、28㌨、40㌨、64㌨m品)で利益率の低いため、生産・供給は優先されず、そのため各自動車会社は半導体不足による長期にわたる減産を強いられる事態が生まれている。

 20年に発売されたソニーの「Playstation5」は、コロナ禍での巣ごもり需要で好評であるが、TSMCに依頼したCPUが従来の半分である月8万台程度分しか調達できないため、ゲーム機が店頭に入荷しても即時売り切れとなる状態が続いている。ゲーム機の新品価格は5万円弱であるが、ネットでは8万円前後で取引されている。
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 TSMCは、米国アリゾナ州に5㌨品工場を誘致されているが、米政府がいくら補助金を出すか、まだ決まっておらず、計画は動き出していない。海外工場新設は、TSMCにとっては、二重に投資が必要となる。また、台湾以外では、エンジニアの人材確保きわめて困難であり、製造エンジニアの教育・訓練も長期にわたって実施しなければ量産にこぎつけない。補助金を得たとしても、結果的に長期にわたって大幅なコスト増となる。一方、各社とも半導体生産の設備投資を行っているから、23年以降は半導体が余り「設備過剰」「人員過剰」となることも考慮しなければならない。半導体は小さく軽く輸送費はかからないため、世界中に工場を分散することに、それほどメリットはないのだ。

 米国政府はTSMCを誘致したがっているが、TSMCはそれほど乗り気ではない。EUも、半導体受託生産企業(特にTSMCとサムスンを)誘致しているが、今のところ関心を示しているのはインテルのみである。

 TSMC、サムスンにとっては、売上の20~30%を占める中国企業も重要な顧客である。しかも今後、購入額が確実に増える顧客である。「台湾有事」「地政学的リスク」を持ち出して中国の顧客を放棄させ、工場誘致を迫る米・EUのやり方にTSMCもサムスンも、抵抗感を持っている。米政府は中国への対抗手段のために、半導体企業に工場分散を要求しているのだが、半導体産業にとっては「いい迷惑」なのだ。その上、上述の通り、世界的な半導体不足も起きている。

 冒頭の半導体企業の時価総額ランク(トップ5)を見ても明らかなように、中国勢は入っていない。受託生産企業は台湾のTSMCが独占的な地位を得ている。

 この状況をとらえ、凋落しつつある米国が中国の台頭を抑えるために、「半導体産業」を人質にとって、「中国への制裁」を発動しているのである。まさに「自分勝手で不法な振る舞い」というしかない。

 半導体ハイテク企業の囲い込みで中国に対抗し覇権を維持したいという米政府の戦略は、一時的に効果を挙げるだろうが、果たして長期的にみてうまくいくのかどうか。成功する見通しは、おそらくない。







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