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米中貿易戦争のもつ意味とは何か? [世界の動き]

米中貿易戦争のもつ意味とは何か?

1)米中貿易戦争の現状

 米トランプ政権が一方的に対中国への貿易戦争をしかけた。理由は、「中国が知的財産を尊重しない」ことをもって懲罰するというのだ。自由貿易の原則を破壊し、混乱を与える、極めて乱暴な対応だ。

 7月6日、米政府は、「中国からの産業機械・電子部品など340億㌦相当に関税25%上乗せ」を決めた。早速中国政府は、「米国からの大豆・自動車など340億㌦相当に関税25%上乗せ」の報復措置をとった。
 8月23日、米政府は第2弾として、「中国からの半導体・化学品など160億㌦相当に25%上乗せ」を決め、中国政府も「米国からの古紙・鉄くずなど160億㌦相当に25%上乗せ」し対応した。
 9月24日、第3弾として、米政府は「食料品・家電など2,000億㌦相当に10%上乗せ」し、中国政府も、「米国からのLNG/木材など600億㌦相当に5~10%上乗せ」を発表した。

 その結果、米国側からすると、中国からの年間輸入額約5,000億㌦の約5割が追加関税の対象隣、中国から見ると、米国からの年間輸入額約1,500億㌦の約7割が追加関税の対象になっている。
 どちらも一歩も引かない姿勢を見せている(9月21日、日経)。

2)どちらが有利か? 
 ――短期的には米国が有利だが
長期的には米中経済は減速、世界経済に打撃―-


 米国の中国からの輸入額は年間約5,000億㌦であり、中国の米国からの輸入額は約1,500億㌦であって、すでに中国側には報復関税を発動する余地はなくなっている。報復関税だけ見れば米国側が有利に見える。しかし、どちらも輸入が減少し、経済活動が停滞する。ともにGDPは1%程度減速すると試算されている。

 中国・商務省の高峰報道官は「9月24日に発動する2,000億㌦相当の中国製品への制裁関税の影響を受ける企業のうち、外資系企業が50%近くを占める」、「米国の保護主義は米中両国の企業と消費者だけでなく、世界の産業と供給網(サプライチェーン)の安全をも傷つける」と指摘している。

 高峰報道官の語ったことは、まったくその通りなのだが、米政府はそのようなことは承知したうえで関税措置を発動している。

 今春、半導体をめぐって中国通信機器大手の中興通訊(ZTE) が、米国による制裁で米企業から半導体を調達できなくなり、主力のスマートフォンや通信機器を生産できない状況に追い込まれ、多額の損失を計上した。ZTEは、基幹部品の半導体は米国半導体企業からしか調達できない状況なのだ。現段階では通信における5Gなどの新技術においては、米国企業に「一日の長」があることが判明した。

 米政府はこの結果を見て、中国側は屈服するだろうと判断し、密かに検討してきた今回の関税発動を決断したのではないか。トランプがGoを出したのはその通りだが、一連の関税措置を見て、米政府内で関税発動策の検討を十分に準備してきたことがわかる。

〇米中経済は世界経済の4割を占める

 貿易戦争は、「短期的には米国が有利だが、長期的には企業の米国離れを招く」
 米市場における鉄鋼価格は日欧に25%の関税をかけたため、年初より約4割も上がった。米国の鉄鋼価格はアジア市場に比べて約6割も高くなり、鉄鋼を使う米製造業のコストがあがり輸出競争力を保てなくなりつつある。同様のことは全産業で起き、長期に続くならば米製造業は世界市場に出て行けなくなる。
 米中経済は世界経済の4割を占めており、双方が自国経済をリスクにさらしながら、エスカレートの一途をたどっている。

〇世界景気に打撃

 最悪のシナリオは世界景気の大幅減速だ。貿易戦争が深刻になれば、米中経済とも1%近い成長減速が見込まれる。(9月24日、IMFが米中貿易戦争で、米中とも実質経済成長率が0.9%程度減速との分析を公表)。米経済は減税の効果が薄れる19年後半から景気が下振れする見方が多い。中国経済も、成長率が5%台になれば、企業倒産が増え、人民元などの金融市場も動揺しかねない。

 貿易の停滞から、金融市場の混乱、企業収益の悪化による資金調達コストの上昇という道筋で、世界経済が打撃を受け、後退局面へ突入する可能性が生まれている。

3)エスカレートの一途、
  中国政府は屈服する姿勢を見せていない

 中国石油天然気(ペトロチャイナ、国有)は、カタールガス(カタール国営)から、LNGを2040年までの22年間、毎年340万㌧調達することで合意した。

 17年11月トランプ米大統領が訪中した際、中国は米国製品の購入や資源の共同開発など2,500億㌦にのぼる巨額契約を交わし、LNG(シェール)はその2割以上を占めていた。この契約は実質破棄されることになる。9月24日発動する報復関税の対象にLNGを含め、10%の関税を上乗せする。17年の米国からのLNG輸入量は200万㌧以下であり、米国産調達を打ち切ってもカバーできる。

 米マイクロン・テクノロジーの買収を米国当局に阻止された半導体大手・紫光集団(国有)は、独自開発にかじを切った。今後10年間で1,000億㌦超を投じ、半導体の国産化を急ぐ方針だ。ZTEが屈服したのも米国製半導体から供給を受けざるを得なかったからであり、自社開発を急ぐ。

 米国政府は「中国企業による知的財産の盗用」を非難しているが、米国への特許申請件数において中国からの申請がすでにトップとなっており、知的財産所有においても米国の地位に近づきつつある。米国企業に中国企業がとって代わるのは時間の問題なのだ。

 アリババの馬雲(ジャック・マー)会長は、9月19日杭州で、「貿易戦争は数ヵ月、数年で終わらない。20年間の長期的な争いと意識したほうがいい」と発言している。中国企業ばかりではなく中国政府の認識を示しているのであろう。

 9月26日、習近平は保護主義が中国に「自力更生」の道を歩むように迫っている」と発言した(28日日経)。「自力更生」とは、毛沢東以来長らく中国政府が使ってこなかった「懐かしい言葉」だ。中国政府は、長期戦になると判断しこれに対応する姿勢を明確にしたことになる。

 中国にとって「中国製造2025」は基幹産業を高度化するのに欠かせない。米国の狙いは、中国の産業高度化を阻止するところにある。中国政府は24日、国務院白書で「対米交渉で中国が発展する権利を犠牲にできない」と政策撤回を拒否している。

4)米政府は、何を狙っているのか? 

 米国と中国との対立は、「貿易戦争」にとどまらず、ハイテクや軍事にまで広がるだろう。
 AI技術や5Gなどハイテク技術では現段階ではまだ米国のほうが中国に勝っている。米国側の狙いは、今のうちにハイテク技術を独占し事業化し、米国市場と世界市場で実績を確立し優位に立つところにある。サブプライム恐慌後の回復局面において、米国IT 巨大企業「GAFA」(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)が、市場支配においても利益においても影響力を一気に拡大した。膨大にかつ占有的に蓄積した消費取引情報を生かしたビジネス、「CASE」(つながる車、自動運転、シェア、電動自動車)において、第5次産業革命が起きようとしており、現代は世界的に新市場が急拡大する「前夜」なのだ。「中国製造2025」で産業が高度化される前に、ここで中国企業を一気に押しのけ勝利を得てしまおうとしている。このビジネスは、巨大資本を必要としており、勝者の候補はすでに限られている。

 米政府は、あるいは米企業は、「今しかない」と判断しているのであろう。中国との貿易戦争は、大国中国の勃興を抑えつけ、現時点で有利なハイテク技術をベースに新世界市場を支配し、米国が引き続き支配者としてとどまることを狙っている。
 
5)パクス・アメリカーナからパクス・アシアーナへ
  20年以上にわたる長いプロセス

 中国は国内では「中国製造2025」政策をとるとともに、中国経済をより拡大した国際市場に再構築しようとしており、「一帯一路」構想やアジアへの投資のためAIIB設立し、周辺諸国への投資、経済関係の高度化へと踏み出しすでに成果を上げつつあり、中国経済圏は東アジア、インド洋へと拡大しつつある。世界経済の成長の中心は、中国とアジアになった。

 現代は「パクス・アメリカーナ」から「パクス・アシアーナ」ゆっくりと確実に移行している時代なのだ。

 米政府、企業はその現実を、認めざるをえない。それだからこそ、「今しかない」と危機感を持っているのだろう。

 かつて覇権国が英国から米国に移行した。第2次世界大戦がその転機となった。戦争によって大量の殺人と破壊が実行され、そこで米国の軍事力、富を見せつけられた。誰もが、新覇権国アメリカを認めた。キッシンジャー元米国務長官は、「米国が英国にとって代わる過程は平和だった。将来、中国が米国に代替えする過程も平和だが、長い時間がかかると信じる。」と語った。
 しかし、米政府の対応は、キッシンジャーの「予想」とは少し違っているようなのだ。

 トランプ政権のなりふり構わぬ、乱暴なやり方、国連やWTO,国際自由貿易の原則など無視し、「アメリカ第一主義」を貫き通す。少しも平和的ではない。

 米政府は国際機関から離脱する一連の動きを見せている。
WTOの無力化―-米国の発動する「貿易制限措置」はWTO適合性が疑われる、WTO紛争処理の無視
米国の国連軽視、国連の地位低下
「パリ協定」(地球温暖化対策の国際的枠組み)から離脱
国連人権委員会から脱退
ユネスコ(国連教育科学文化機構)から脱退
18年8月末、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)への資金拠出の全面凍結
イランとの核合意の一方的破棄、各国へイラン原油の輸入停止を要求

 米政府のこれら一連の振る舞いは、決して「トランプの気まぐれ」によるものではない。国際機関を通じた米国のこれまでの世界支配では、国連憲章や国際法、人権基準など、米政府が「アメリカファースト」で自国利益を貫き通すにはまどろこしくて邪魔なので、国際機関を離脱したり、無視した行動や戦争を仕かける行動に出ているのである。米政府の主導権は、ネオコンや軍産複合体など乱暴な好戦派に牛耳られているように見える。

 国連への最大の資金拠出国で、世界の政治経済に絶大な影響を持つ米国が、離反姿勢を強め、自国利益のためだけに動くに至っている。その姿勢は、「落日の世界帝国アメリカ」の危機意識の反映に見える。

 「現代の覇権争い」は、米中の経済競争がその舞台となっている。従って、中国政府が覚悟しているように、一気に「カタ」はつかない、長期戦となるだろう。20年、30年かけたプロセスとなる可能性が高いし、保護主義、ブロック経済化の過程で世界恐慌へ突入するかもしれない。国家間の対立、紛争、戦争が起こることも予想される。何といっても米国の軍事力は突出しているから、米国支配層が「戦争を起こせば有利になる」と考えるのは大いにありうる。落日の帝国が「なりふりかまわぬ」対応をとる可能性は、今後高くなり、世界は危険に晒される。もっとも、すべてが米国側の思惑通り事態が進むとは限らない。

 米国の専横に反対し対抗していく動きが中国やロシアを中心に生まれている。対抗も経済競争だけにとどまらないようだ。保護主義に反対する側、軍事力が不利な側は、国際機関から離脱し専横なふるまいをする米政府に対して、国連やWTO、国際機関を通じた協調、国連憲章、国際法遵守などを掲げた国際協調で対抗することになる。これまで確立してきた戦後秩序を擁護するのだから、「理」はこちら側にある。欧州、アジア、ロシア、中東がどのような態度をとるか、注目される。

 すでにイラン核合意破棄、イラン原油輸入に対してそのような構図となっている。この対抗において、米政府によって分断され、日本や欧州のように米国に追随していく政府がさらに生まれるかもしれない。あるいはシリア戦争でも国連、国際法を遵守するロシアによる和平とイスラム傭兵を使ったアメリカ、サウジ、イスラエルの横暴という似た構図での対抗となっている。

 「米中貿易戦争」はこの先の世界の基本的な対立、矛盾の一つの現れのようだ。

(文責:小林 治郎吉)



参考:
GDP(IMF)
    2008年   2013年    2018年推定
米国: 14,719億㌦  16,691億㌦  20,413億㌦
中国: 4,604億㌦   9,635億㌦  14,093億㌦

2016年 購買力平価 (CIA「The World Factbook」)
1位:中国  21,140億㌦
2位:EU  19,970億㌦
3位:米国  18,560億㌦
4位:インド 8,721億㌦
5位:日本  4,932億㌦






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