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ドゥテル政権の一年 [フィリピンの政治経済状況]

ドゥテル政権の一年


 ドゥテルテ政権が発足して1年以上が過ぎた。ドゥテルテは、これまでの大統領のようにエリート階層出身ではない、「汚い言葉」を平気で使う、そこに親しみを覚えた者も多い。一部の閣僚に左派の人たちを入れた。それらのことが相まって、高い人気を得た。80%にとどこうとする高い支持を背景にした、強権的な政治も目立つ。ただ1年を過ぎ、ドゥテルテの公約はなかなか実現されないままだ。他方、様子見をしていたこれまでの支配層の一部が動きはじめ、政権内の権力争いも起きつつあるようだ。

1)民族民主主義派が内閣から去る

 9月6日、フィリピンの政府閣僚の資格審査する議会の任命委員会は、マリアーノ農地改革相を承認しないと決定した。これまで不承認となったのは、ヤサイ前外相、ロペス前環境天然資源相、タギワロ社会福祉開発相の3人、マリアーノ氏で4人目。

 マリアーノ農地改革相(元下院議員、弁護士)はフィリピン農民運動(KMP)出身、社会福祉開発大臣だったタギワロ元フィリピン大学教授は女性解放運動の研究者。ロペス環境天然資源相は環境問題活動家。共産党に近い民族民主主義派の閣僚の不承認が続き、内閣から去っている。共産党、新人民軍との和平が頓挫し関係が悪化していることや、政権発足時の公約を実行する気がないのが徐々に明らかになってきたことが、背景にある。

 政権発足当初、ドゥテルテ大統領は、新人民軍(NPA)、モロイスラム解放戦線(MILF)と和平交渉を開始し、民族民主主義派を一部の閣僚に迎えた。これまでの政権とは違った「対応」を見せたのであるが、一年を経て、この「対応」が反故にされそうな状況なのだ。マリアーノ農地改革相は農地改革法を強力に推進していくと表明し、2016年10月には、2022年までに約6,210平方キロの農地を同法の対象者に分配する方針を示した。この方針も頓挫しそうだ。

2)経済成長の継続と外交の転換

 ドゥテルテ政権は、経済政策ではアキノ前政権の新自由主義政策をそのまま継承すると表明し、フィリピンの資本家層を安心させた。さらに国家予算や海外からの支援による大規模なインフラ整備計画(「Build Build Build」)をスタートさせ、7%程度の高い経済成長を維持するとしている。フィリピン資本家層の要求に沿った政策をとっている。

 7%の経済成長が続き、中間層は確実に増大している。一人当たりのGDPも3000ドルを突破した。ただ、新自由主義経済政策では貧富の差は拡大するばかりだ。

 ドゥテルテは、契約労働制度(5か月間の短期雇用、非正社員)を廃止すると公約したが、フィリピンのすべての資本家が反対している。実際のところ、実現に向けてなんの施策も打っていない。

 他方外交では、米国との同盟関係は維持しながらも、中露への接近を図った。米国が主導した南シナ海問題でのハーグ仲裁裁判所の判決を棚上げし、比中二国間交渉での解決へと転換した。
 米国・日本と距離を置き、中国と付き合うドゥテルテ政権のこのような動きを、中国市場と密接に結びついた方向に未来を描くフィリピン経済界はとりあえず支持しているし、アセアン諸国も同調している。

3)フィリピン軍はアメリカの影響下にある

 一方で、ドゥテルテの外交の転換は、東アジアでの危機を煽る米国のアジア政策に破綻をもたらしかねない。米国の焦燥と怒りは頂点に達している。それゆえ、ミンダナオ・マラウィに突然テロリストが現れ、戦闘を引き起こした。フィリピンにテロリストが現れれば、米政府と米軍がフィリピン政治に介入する口実ができるからだ。

 フィリピン軍は、歴史的に人脈、教育、装備などすべての面において米軍の影響下にあったし、現在もある。国防省・軍は米国を向いており、ロレンザーナ国防相も親米路線を重視している。そのことが、ミンダナオのテロとその後の国軍の対応で、あらためて明らかになった。ドゥテルテ大統領は、戒厳令を発令しテロ・グループの制圧を命じたが、テロ・グループ出現の背後に、米政府・米軍の意図を感じ取ったフィリピン軍はちぐはぐな動きを見せた。そして、わずか数百人規模のテロ・グループを未だ制圧ができず、対峙が続いている。

4)麻薬戦争

 8月16日、無抵抗の高校生キアンさんが、3人の警官によって射殺された。葬列は、超法規的殺人に抗議するプラカードがたくさん掲げられた。その後も政権への抗議デモが続いている。

 麻薬撲滅戦争で多くの死者が出ているが、死刑制度がないフィリピンでは、死者はすべてが警察官か自警団、麻薬組織などによる殺人。警察は「取り締まりや逮捕を妨害し、抵抗した場合のみ射殺している」と弁明するが、信じる人はまずいない。多くは口封じのため。警察は麻薬取引を摘発しても、わいろを受け取って容疑者を釈放したり、押収した覚せい剤を横流ししたりしてきた。麻薬撲滅を掲げる政権下でそうした悪事の発覚を恐れて関係者を殺している、巻き添えで殺された者もいる。麻薬撲滅のカギは、麻薬取引と密接にかかわる警察の腐敗と、密輸を見逃す税関当局をいかに浄化するかにある。
 麻薬戦争は、黒幕である警察、税関関係者を徹底的に摘発しなければ終わらない。しかし、ドゥテルテ政権の麻薬戦争は、警察や政府・自治体の大物を対象にしていない。

 当初、「麻薬戦争は半年で終わらせる」と言っていたが、いつまでたっても終わりそうにない。いずれ破綻するだろう。

5)この先 

 それなのに、現在までのところ、ドゥテルテ政権への支持は高いままだ。麻薬に絡む暴力沙汰、麻薬汚染の深刻さを身近に見てきたフィリピン人の多くは、ドゥテルテの麻薬戦争のパフォーマンスに未だ喝采を送っている。あるいはドゥテルテが醸しだす反エスタブリシュメントの雰囲気が、いまだ人気を呼んでいるのかもしれない。

 いずれ、ドゥテルテへの幻想は色あせる時が来るだろう。麻薬戦争はいつまでたっても終わらない、貧富の差は大きくなる、民主主義的な公約は一向に実現されない。一年を経て、人々への公約は幻想に終わらせそうなドゥテルテだが、フィリピン資本家層に忠実な大統領であることは明らかになった。ただ、人々の側がドゥテルテへの幻想を暴き、批判を組織していく運動はなかなか困難なようだ。

 ドゥテルテの支持率が下がれば、支配層内で、政権内での利害対立が表面に現れてくる。アメリカから横やりが入ってくる。そのようななかでドゥテルテは、今までと変わらない大統領に変身していくというのが、最もありえそうな結末のようだ。(文責:林 信治)

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