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土屋トカチ監督 『フツーの仕事がしたい』を観る [映画・演劇の感想]

土屋トカチ監督 『フツーの仕事がしたい』を観る 
2008年


 この映画の評判は聞いていたものの、なかなか見る機会をつくることができなかった。レイバーネットのスケジュール案内に12月4日上映会を見つけ、やっと見ることができた。

 単純なつくりは映画なのだが、いきなり見る者の心を「わしづかみ」にする。2008年の生きた日本社会の現実を、そのまま目の前に示すのだ。立派な映画だと思う。この映画のよさは、いくつもある。

101204 「フツーの仕事がしたい」001.jpg
 <映画のチラシから>

 1)何よりも、生きた現実をとらえているのが、いい
 何よりも「よさ」の第一は、現代日本社会に急速にそして確実に広がってきた派遣労働など不安定雇用長時間労働者の置かれている「悲惨な現実」をとらえ再現していることだ。

 映画が追いかけるのは、皆倉信和さんというセメント輸送の運転手。見るからに真面目そうな、おとなしそうな人である。出来高払い制を押しつけられ、厚生年金も健康保険も雇用保険もなし。その結果、月552時間にも及ぶ長時間労働を強いられても手取り20万円ちょっと、心身ともボロボロの状態に追い込まれ、文字通り生きていけなくなる。労働組合に入ろうとするや、会社が組合脱退のため嫌がらせする、母親の葬儀にまで駆けつけて嫌がらせをする。なんとか生き残るために闘おうとする皆倉さんの姿をとらえている。

 月552時間の労働とは、30日間働きづめでも一日18時間以上の労働だ。「なんでここまで」というくらいすさまじい。現代日本社会は、小泉改革によって規制撤廃され自由競争にさらされ、「格差社会」になってしまい、労働者の権利や生活は軽んじられ、極限の状態になるまで働かされる関係ができあがってしまっている。
 皆倉信和さんというセメント輸送の一運転手の話であるけれども、私たちは背後に同じような低賃金長時間労働に追い込まれた大量の皆倉さんを、見つけることができる。また、見つけなくてはならない。

 映画は、皆倉さんの個別な姿を描きながら同時に、それと同じ大量の生きた不安定雇用労働者の姿をはっきりと見つめなくてはならないことを、まっすぐに訴えている。そうだ、その通り、現代日本社会の深刻な姿をしっかりと認識しなければならない。

 この映画「フツーの仕事がしたい」は2008年にできたそうだけれど、現代日本社会は映画の描く現実に、さらに近づいているとさえ言えるのではなかろうか。
 そうだから、この映画はいまなお新しい、かつ強いメッセージを、発し続けていると言えよう。多くの働く日本人に、自分と自身の暮らしを見つめ、人間らしい暮らしを回復するにはどうしたらいいのか、問い続けている。

 2)単純なつくりは映画だが、いきなり心を「わしづかみ」にする
 よさの第二は、土屋トカチ監督のしっかりとした視点であろうか。「悲惨な現実」をそのままとらえることは、簡単なことに見えても、そんなに簡単ではない。「そのままとらえる」とは、例えば、時間軸に沿ってそのまま映像を連ねることでは、もちろんない。
 描写において土屋監督は、ことさら強調したりしていない。むしろ淡々と描いている、ように見える。

 監督は、皆倉さん、および皆倉さんのような非正規雇用で働く人の気持ちから、進行する現実をしっかりととらえていて、揺るぎがない。監督の「志」がいい。そこに映画の「誠実さ」が生まれているのであり、観客は信頼をよせることができる。

 また筋立ても比較的簡単で明瞭である。たぶん、「余計なこと」を意識的に省いているのではないだろうか。たぶんそうだろうと思う。なんでもかんでもやたら詳しく映し出すようなことはしていない。そのことは監督の理解で再構成しているということだろうし、監督の視点、立場を示していることを意味する。そして、われわれ観客は監督のとらえ描き出した現実を観て、「ああ、そうだ」とあらためて鮮やかに再認識するのである。
 要するに、真実がむきだしで描かれていて、それゆえに力強い。

 3)普通に働く日本人の暮らしとその良さを描く
 よさの第三は、皆倉信和さんなる人物像にかかわる描写にあるのではないだろうか。映画を観て考えたのは、こんな人こそ現代日本人の一つのタイプではないか、ということだ。皆倉信和さんのような日本人はむしろ多いのだろうと思う。非正規雇用や日雇い派遣、下請け孫請けで働く現代日本人の一つのタイプであろう。
 多くの人が思うだろう。あれは俺のことではないか。あるいは俺の身の上にも起きている、あるいはいずれ起きることではないか。

 孤立していて、おとなしくてまじめで、あまり文句も言わずに働いてきた。何かが起きてもそれが当たり前だと思い我慢して暮らしてきた。反抗することなど思いも及ばず、どこまでもやさしい気持ちを持ち、言われるまま何かしらびくびくしながら生きてきた。もちろんそれでいいわけではない。
 誰もが自身の権利を主張したり、文句を言うわけではない、これまで自分の権利を主張してこなかったし、そもそも主張する術など知らなかった。こういうタイプの日本人は、現代日本社会ではやはり多いのだろう。

 だから、映画の最初の場面での皆倉さんは、何かしら頼りなく見えてしまうところがある。そんな皆倉さんが、変化を見せる。心身ともに疲労しどうにもならなくなって労働組合に相談する、すると会社から組合脱退のため嫌がらせを受ける、そんな時でも声を荒げさえしないが、動揺しながらも懸命に闘おうとする姿を見せる。
 そんなところにこの人の人間性、この人の誠実さがくっきりと現れてくる。映画は格差社会に苦しむ現代日本人が発揮するであろう、あるいは獲得しなくてはならないであろう人間性、誠実さの一つの姿をとらえる。これは確かに現代に生きるわたしたちが持つべき、尊重すべき特性ではなかろうか。

 病気になった皆倉さんが、「今後どうしたいですか」とインタビューされ、「フツーの仕事がしたい」と応える。映画に題名になっている。本当にそう思っているのがよくわかる。ささやかな希みであるものの、同時に実に「人間的な」叫びである。非正規雇用や日雇い派遣、下請け孫請けで働く現代日本人にとって、これ以上説得的な言葉はない。

 4)ゲリラ的上映こそふさわしい
 映画のなかで、運送会社の発注元である住友大阪セメント社前での抗議行動時に、もう夕方を過ぎていたのだろう、天幕らしきものを仮設し、この映画の一部を上映して、住友大阪セメントの社員に見せつけるシーンがある。
 映画が、労働実態の暴露や権利を主張するための武器になっていることをそのまま映し出す。むしろそのように使われることが当たり前のように、監督はとらえている。

 この映画は映画館で見るのもいいが、天幕に映して観るのがまた、ふさわしい。見たい者が自主的に集まり公民館などを借りてみるのに、ふさわしい。われわれの映画だ。

 5)つけくわえて
 上映終了後、土屋監督を囲んでの懇親会があって、いくつかのおもしろい話も聞いた。
 映画の批評ではないが、おもしろかったので書き加えたい。

 労働組合加入に嫌がらせをする「工藤」なる人物は、マージャン屋を経営しており、引き連れてきた男たちはマージャン屋の客であり、工藤に運転手の仕事を紹介された者たちだそうだ。社長や工藤は、口入屋をやっていて、実際は運転手の給料からピンハネをして稼いでいる。特に暴力団とか労務屋ではなく、「素人」だそうだ。
 逆に言うと、普通のマージャン屋のおやじが、規制緩和によって、口入屋をやるようになったのであって、ケン・ローチ監督の「この自由な世界で」の女主人公に相応する人物なのである。世界中で新自由主義による同じような現実が進行しているので、図らずもこんな人物をとらえ、描いてしまったということだ。

 この映画は、すでに国際的にも評価されていて、すでに海外で上映会を行っている。土屋監督によれば、客の反応が国によって違っていたのがおもしろかったという。
 ヨーロッパ諸国では、身体を壊すまで働く皆倉さんの姿をみて、「なんでそこまで我慢するのか」という皆倉さん個人に対する疑念、批判の声が上がったという。ヨーロッパの労働者はまだそこまで孤立したり、追い込まれたりしていないのであろう。アメリカでは皆倉さんを雇っていた会社、労働組合脱退工作をした会社がつぶれたと字幕が出たシーンで歓声が上がった、勧善懲悪と受け取ったようだという。
 誰しも自分を基準に理解しようとするから、当たり前の結果なのかもしれないが、いずれにせよ、欧米の観客はいまだ日本に広がる非正規雇用や日雇い派遣、下請け孫請けの深刻な現実を、よく理解していないということに他ならない。

 そのような意味では、現代日本人の「現実」を、さらにもっともっと描き出さなければならないということなのだろう。

 それから、定時制高校で上映会を行ったときのこと、上映前には「なんで映画なんぞ見なきゃいけないのか」などとザワザワしていたが、はじまってしばらくすると会場は静かになりみな食い入って観てくれた、上映後、家族や知り合いに起きた皆倉さんと同じような事例や経験の話をして感想を述べ合ったという。
 定時制高校生にとっては、現在と近い将来の自分たちの姿だったのだろう。

 定時制高校生ばかりでなく、多くの働く日本人が、現在と近い将来自分たちの姿として新ためて認識しなければならないのだろう。映画は、そう教えている。(文責:児玉 繁信)

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