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マイケル・ムーア監督『キャピタリズム』を観る [映画・演劇の感想]

マイケル・ムーア監督『キャピタリズム』
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 <マイケル・ムーア監督、映画のパンフレットから>

1)家を失った人々の立場から描くムーア
 見終わって感心した、あるいは一種の驚きであった。ムーアはきわめて知性的であるし、冷静だ。2008―2009年の経済危機をひきおこしたアメリカ社会、キャピタリズムに対するムーアの深い見識がうかがえるとともに、的確な批判が提示されている。
 ムーアとその作品を、何かしら人を驚かせて、あるいはインタビューやパフォーマンスの映画作家などと紹介する者があるが、そのような特徴づけは間違っているし、ムーアの多くを見逃すことになる。
 感心したいまひとつは、平易で落ち着いた描写であったことだ。これでもかこれでもかと衝撃的な映像を重ねに重ね、観る者に考えさせる余裕さえ与えないのではないかと予想したが、そうではなかった。『キャピタリズム』は落ち着いて冷静に、しかも2008年から09年にかけてアメリカで起きた経済危機をきわめて正確に描き出していた。
 彼の的確な描出は何によってもたらされているか?
 ムーアが、サブプライムローンで破産した人々、家を失い追い出される人々の悲劇、理不尽な事態に同情と怒り、批判を重ね、その視点から危機全体を認識しようとしていることからきている。悲劇をもたらした原因を、ムーアは『キャピタリズム』そのもののであると明確に指摘している。

2)困難なテーマに挑むムーア
 この映画の扱っているテーマは、じつに大きいし、描き出すのは容易ではない。正確な現状認識とその上に立った批判を持ち合わせていなければならない。決して一つの事件や一つの問題を映し出し、批判してみせるというわけにはいかない。経済危機、経済恐慌の「形象」、映像が目の前にそのまま存在するわけではない。そもそも危機とは何か、何が原因で生れるか、何をもたらすか、いくつもの経済事象はどのようにつながっているか、一定の認識がなければならない。でなければ、対象の全体像をとらえることはできない。さらにそのうえで、批判の内容・方向を提示するのはさらに難しい。映画は、この難しいテーマに果敢に挑み、かつ現代世界の病巣を正確に抉り出している。つまらない「屁理屈」におちいることなく、問題の根幹へと迫っている。

3)ムーアは何をどのように描き出したか?
 2008年から2009年にかけてアメリカ社会で何が起きたのか、描き出される映像は、どれも衝撃的だ。
 ペンシルバニアの民間更生施設は判事に利益供与し、判事は些細な少年少女犯罪にも、片っぱしから有罪判決を下し、更生施設に送り込んでいた。民間更生施設は、可能な限り多くの少年少女を収容しようとし、かつ収容期間も勝手に引き延ばしていた。その目的は「更生」ではなく「ビジネス」なのだ。

 パイロットになるための大学や訓練校に費用がかかり、なった時点ですでに10万ドル(900万円)の借金を抱えているという事実、しかも年収が200万円。09年1月15日制御不能のUSエアウエイズ1549機をハドソン川に見事に不時着させ、155人の乗客の命を救ったサレンバーガー機長も登場し、航空機の安全対策を訴え、航空会社のもうけ主義を批判している。年収200万円のパイロットでは安全を確保できないと待遇改善を訴えていた。パイロットの多くが過重勤務・過重労働を強いられ、墜落事故も増えているという。
 本人も家族も知らないうちに保険がかけられ、従業員が死亡したら、会社側が利益を受け取る『くたばれ百姓保険』までまかり通っていること。人の命を儲けの対象にするひどい社会になってしまった。
 
 マイケル・ムーアの父親も画面に登場してくる。GMの従業員だった頃の仲間や家族の生活を懐かしむ。「33年間働いて、同僚が一番の思い出だ」。毎日午後2時半、工場から帰ってくる父親を家族で迎えたことをムーアが語る。この無数の「同僚や家族」に寄り添う立場から、ムーアの認識と批判は立ち上がっている。

 衝撃的なのは、サブプライムローンの焦げつきから、住みなれた家を追い立てられる人々のこと。追い立てにくる保安官も警察も金融資本の手先として心ならずも働いている。そんな仕事を拒否する保安官も現れてくる。
 不動産屋に引き渡す時に、すぐに売却できるように、追い立てられる家族が整理や清掃をする映像が衝撃的だ。住民の生活廃棄物に困った不動産屋は、追い立てられる家族に処理を1,000ドルで「依頼」する。追い出される住民にとっては、目先の1,000ドルが必要だから、自分たちの使ってきた家具や絨毯、衣類などを、庭先で泣きながら焼却する。何という光景か!

 問題は、一つ一つの衝撃的な事実、これらの「ひどいこと」がどうして、アメリカ社会のなかにはびこり、拡大して行ったかということである。ムーアはこの説明を試みる。「1980年代のレーガノミクスからの新自由主義、規制撤廃が、このような荒廃のアメリカに変えた」という。批判は、一つの政策、個々の政府の問題を超えていて、新自由主義という現代資本主義そのものに向かっている。

 ムーアによると、アメリカ国民は富裕層にこれまで反抗してこなかった。その理由は、アメリカン・ドリームであるという。つねにエサを見せられ、「いつか僕も金持ちに」と信じてきたからだ、「いつか僕も金持ちにと信じる」ことは、人々を団結させないで、孤立させるという。確かにそうだろう。

 オバマ政権誕生のためにムーアは尽力したようである。オバマ政権は、イラク戦争に反対し、危機のもとでの生活破壊に苦しむアメリカの下層の人々が、誕生させた政権である。しかし、だからと言って、オバマ政権はアメリカ下層の人々の政権ではない。ムーアのオバマ政権に対する微妙な態度は、この矛盾に起因している。
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<パンフレットから>

4)以前見た光景ではなかったか?
 住みなれた家を追い立てられる光景は見たことがあるような気がする。
 ジョン・フォード監督『怒りのぶどう』(1940年)だ。1929年の世界恐慌から農業恐慌へと続いた1930年代、ヘンリー・フォンダ演ずるオクラホマの農民・ジョード一家が没落し、土地を失いカルフォルニア流れていく。その時土地引き渡ししを拒否する一家に銃を構えて追いだしたのは、ニューヨーク在住の不在地主に雇われた私兵・ビジランテだった。カルフォルニアの農園で労働組合を結成しようとしたら農園主に雇われたビジランテと殴り合いになる。ビジランテとして雇われた何人かは同様に土地と職も失った農民でもあった。
 映画『キャピタリズム』が描き出した、ローンを支払えず家を追い出される人々と、たぶん本質的に同じだし、同じ光景だ。
 聞き洩らしたのだけれど確かウッディ・ガスリーの歌を使っていたようだ。最後の字幕に彼の名を見た。そして、歴史的に見ても同質の繰り返しではないかと思った。

5)危機をもたらしたのは、キャピタリズム
 経済危機と金融資本を批判するムーアは、現代アメリカ社会では何度も「社会主義者」であると非難されるらしい。映画のなかでも出てくる。2008年の大統領選で共和党・マケイン候補がオバマを「社会主義者」と批判するキャンペーンを行った。ところが、非難すればするほど、オバマ支持が広がったと紹介されている。だから、アメリカで「社会主義者」批判キャンペーンを浴びることは、正しい主張をしていることを裏から証明するという一面を持っている。ムーアはその事実を的確に理解し、非難キャンペーンを笑い飛ばしている。

 しかし、それだけではない。ムーアの資本主義批判に対して、「では対案は?あなたは社会主義的考えなのか?」と問う者がいる。ムーアは「自分は社会主義者だ」と「居直る」ことをしていないし、できないらしい。「アメリカの1%の富裕層が、95%の下層の富以上を所有している。それは民主主義ではない」という。そこで何を持ち出すかというと、フランクリン・ルーズベルトだ。あるいは、実際に従業員すべてがオーナーであり給料も平等にして、かつ利益を生んでいるカルフォルニアの会社を紹介したりする。

 「アカ」という批判に対しては、ムーアは苦労している。今回の世界経済危機が、「キャピタリズム」の本性から来ることを暴きだしながら、ではあるべき対案は資本主義の変革をどのように実現する社会であるか、について苦労している。実際には、対案として「社会主義」と述べるのが難しいところに立っている。そこは現時点におけるムーアとアメリカの民衆運動の微妙な立ち位置であろう。ただし、ムーアは決して後ろ向きなのではなく、むしろ人々の間での議論によっていずれ解決すると考えているようである。

 「社会主義」と言わないで、あるいは言えないので、「脱経済成長論」などという言葉を「発明」する向きもあるが、そのふまじめさに比べればムーアは前向きであって、本質的には異なる。アメリカ発の世界的な経済危機、世界恐慌は、資本主義そのものの本性から来ることを、認識し批判しながら、資本主義の変革・対案・オールタナティブとして、何が現実的なのかをさし示すことが困難な現代アメリカ社会において、ムーアはもがいて奮闘していると言うべきだろう。もがいて奮闘しているムーアを支持する。ムーアの言うとおり、「話し合い、議論の場と話題を提供し、活動していく」というのが、現時点でのありうる実際的な態度でもあろう。

 日比谷シネマシャンテで上映中(文責:児玉 繁信)
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