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フィリピンの非常事態宣言の意味と結果 [フィリピンの政治経済状況]

フィリピン非常事態宣言の意味と結果

2006年2月は、1986年のピープルズパワーによるマルコス政権打倒20周年ということで毎年政府主催の式典が企画されたが、今年は支配層内部での対立が激化し、この式典をめぐってアロヨ政権追及が企図され、アキノ元大統領は不参加を表明した。
野党による反アロヨの動きは、アキノ、ラモス、エストラダらの元大統領さえも登場してきて、支配層内での争いを公然化させた。これにあわせて軍部のクーデター騒ぎがあり、軍は軍で反政府の動きを見せようとした。

この事態に対し、アロヨは機先を制して「非常事態宣言」を発し、野党や国軍一部を弾圧し、自身の地位を守ることに成功した。「クーデター騒ぎ」はいつものように単なる騒ぎで終わった。実際に軍も警察もほとんど動かなかった。マニラでも地方でも日常生活に特に支障はなかった。「大山鳴動してねずみ一匹」のごとくである。
どうしてフィリピンでは何度も「クーデター騒ぎ」が起きるのか?
また同じような政争が続き、似たような結果に終わるのか?
このことを明らかにしなくてはならない。

アロヨ政権に対する政争を根底から規定するのは、フィリピン支配体制が不安定であることにある。フィリピン支配層、それは資本家層であるが、外国政府と資本に依存し成長するといういびつな関係にあり、資本家層は十分成長しておらず層としては「薄く」、支配体制の主導権をめぐって支配層内での争いが絶えないことにある。フィリピン資本家は外国資本のパートナーとして自身の地位と利益を確保しようとしており、政権を担うことはこの「地位」に新しく参入する権利を得ることに等しい。支配体制全体の安定よりも、誰がこの地位と権益を得るかという個別利害をめぐる争いが勝るため、本質的に不安定なのだ。アロヨの選挙に不正があったことは追及されなければならないが、しかし不正があったから政権が不安定なのではない。

フィリピン国軍は国内の治安対策、すなわち人民を抑圧するためだけに存在しており、軍隊の本質をそのまま示しているような存在である。空軍も海軍も持たず、対外的にはまったく「張子の虎」でもっぱら米軍に依存しながら、対内的には人民に強権的な「内弁慶」的存在である。いわばフィリピン支配層の所有物で、支配体制が何かあったときのための保険である。したがって、国軍内部が腐敗するのは必然である。腐敗のための組織なのだ。
フィリピン経済の「資本主義的安定化」は、軍にとってはますます出番が少なくなることを意味している。国軍はマルコス時代の16万人から11万人まで減らされており、従来の勢力維持に危機感を持っている。これまで何回もクーデター騒ぎがあったが、あくまで「騒ぎ」であって、軍の存在意義をアピールし支配層内での有利な地位を得ようとしてきたものにすぎない。したがって、経済が「順調」ななかで米日政府や資本が本当のクーデター、すなわち「軍が政権を奪取した強権政治」を容認しないことは軍自身もよく知っているから、本当の意味でのクーデターをおこなうつもりは、端からない。あくまで一つのパフォーマンスであった。しかし今回のコンパフォーマンスは少し裏目側に出た。

ちょうどこの時期は、比米共同軍事演習「バリカタン2006」の最中であり、6千人の米兵が演習のためフィリピンにいたが、非常事態宣言のさなか米軍はひそかに首都圏とクラーク基地に移動したことが後日明らかになった。米軍の動きはクーデター騒ぎと非常事態宣言の帰趨に大きく影響した。国軍中枢は米政府の意志をはっきりと知らされたのである。
クーデター騒ぎが鎮圧された後、現在もなお、クーデターを企てた軍人、ホナサン中佐やリム准将らのグループへの追及は続いている。「クーデター騒ぎ」によって国軍の影響力は大きくならなかった。
今回の新しさは、軍の一部がNPAと共謀してクーデターを企図したと追及されていることだ。事実は確かでないが、支配層は明らかに警戒している。ベネズエラのチャベスように軍内部から左派政権が生まれることを極度に警戒している。また、アロヨにとってはもっとも大きなライバルの一人であるコファンコがクーデターに関与したと追及されている。アキノ元大統領にたいするアロヨの態度は、親族であるコファンコを意識したものだ。

この時期において、アロヨにとって幸運だったのは、フィリピン経済が比較的順調であることだ。
それは多大な投資を行い、すでに巨大な資産をフィリピンに持ち、かつ経済活動が順調な米日資本と政府にとっては、大きな政治的混乱を望まないという要因として働く。
フィリピンの貿易収支は黒字であるし、政府債務も減少傾向に転じている。外国資本の投資によって自動車産業、電子部品産業、繊維・雑貨産業などの産業化が確実に進行しているからであり、かつまた公営部門の民営化もまた外国資本の投資を呼び込んでいるからである。そのことは米日を初めとする外国政府、資本に利益を供給するシステムが順調に働いていることでもある。(なお、フィリピンへの最大の投資国は日本であることは忘れてはならない。)
経済は「順調」であるが、しかし決して安定を意味しない。貿易・投資の自由化によって資本主義化がいっそう進み、「経済成長」は国民の多数が貧困化することによって実現している。マニラはますます大きくなる一方だ。マニラは近代化し中間層も確かに一定増えたが、農村は貧困化が進み人々はマニラ圏に流れこんでいる。地方の伝統的社会関係はますます破壊され、都市と農村の格差は極限的に進んでいる。程度はもちろん異なるものの、「格差社会」、すなわち貧困が広がりながら景気回復しつつある現代日本とちょうど似た過程が進んでいる。
アロヨは、「非常事態宣言」によってフィリピン経済にはほとんど影響を受けさせないように配慮したし、実際に影響はほとんどなかった。経済に影響が出るようにしてしまったら、この政争は負けなのだ。米日やこれと密接な関係にあるフィリピン支配層の支持が容易に離れてしまう。とにかく短時間に結着をつけなければならなかった。そして成功した。

いまひとつの大きな条件は、ピープルズパワーが決定的に小さいことだ。政治的な影響力を発揮することはできなかった。人々の生活は決して楽ではないが、要求において組織されておらず進行する政治過程を規定する力を持っていない。1986年の「故事」に倣ってクーデターを起こせば、民衆が集まってくるわけではない。そのように考えるのは、政治を知らない者だけだ。人々は、現在の社会への批判・要求と変革のプランが明確でなければければ立ち上がることなどできないし、簡単に結集するものではない。
危険なことに支配層と軍内部のどのグループも競って人民を弾圧することに熱心で、この点ではどの支配層の分派もまったく一致している。むしろ誰がもっともよく弾圧するかをめぐって功名争いをしている。軍人にとっては名を上げるチャンスなのだ。ピープルズパワーが小さいことは、この弾圧をフリーハンドでおこなうことを可能にしているし、支配層内でのおおっぴらな争いをも可能にしている。
非常事態宣言のなかで数少ない人民側の国会議員、すなわちマヤンムナ、アナクパイスに属する国会議員に対して「政権転覆罪」で逮捕状が出ており、議会内への軟禁状態が今もなお続いている。今回は政権転覆のおそれはまったくないが、支配層は「政権転覆罪」で逮捕する実績をつくっておきたい、その意味では余裕を持って人民をおちょくっている状態が続いているといってよい。

このような政争の過程で、軍の中でもさまざまな利害が入り組んでおり、決して一枚岩ではないこと、またアロヨ大統領は国軍を完全に掌握していないことが明確にはなった。ただしアロヨはこの機会をとらえ、非常事態宣言を発し強権的に野党とライバルを押さえ込んだ。中部ルソンで人権活動家の暗殺を繰り返しているバルパライン准将はアロヨ支持の態度を早くから示し、自身が役に立つ番犬であることをアピールした。「次」の局面を考慮したからに違いない。米政府は大きな混乱なく押さえ込んだアロヨの対応を高く評価しているし、するだろう。軍の掌握はいまだ完全ではないしライバルたちを完全に打ち倒してはいないし、フィリピン支配層の不安定な基盤は相変わらずではあるが、アロヨは以前に比べてより安定した権力を保持するに至った。

これが2月から3月初めにかけてのフィリピン政争の意味であり結果である。


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