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シリアからの米軍撤退の持つ意味 [世界の動き]

米軍のシリアからの撤退の持つ意味

190105 シリア勢力図.png

<シリア勢力図。「赤」地域:シリア政府支配地域。「緑」地域:トルコ軍に保護された反政府勢力地域。イドリブなどを含む。イスラム・テロ組織が残存。:「黄」地域:クルド軍支配地域。米国と共同してISを駆逐し、そのまま支配している。クルド軍はアサド政府との協力を表明。>


1)米軍のシリアからの撤退を歓迎する

 トランプ大統領は、2,000名のシリア駐留米軍の撤退を命じた。撤退までの期間は1か月と指示した。
 米軍撤退は、米戦略の失敗であり、敗北だ。シリアへ戦争介入した大元は米国である。米軍が中東の混乱要因である。したがって、シリアからの米軍撤退は歓迎すべきことだ。シリアから本当に撤退すれば、米外交政策の劇的変化となり、米覇権の不可逆的凋落を示すものとなろう。

 ただし、米軍がすんなりシリアから撤退するかどうかは、予断を許さない。なぜならば、米国防総省、米軍産複合体、ネオコン、ユダヤ資本、民主党幹部、富裕層が支配するマスメディア、そのいずれもが撤退に反対しているからである。有力な閣僚、ボルトン安全保障担当補佐官、ポンペイオ国務長官らはいずれも撤退に反対している。たぶん、抵抗が試みられるだろう。
 ただ、米国内世論でトランプの撤退方針が支持を拡大すれば、撤退は実現されるだろう。

 米軍部隊をシリアから撤退させるというトランプの最近の命令は、両党の議員によって激しく批判された。民主党議員も共和党議員も、シリアからの米軍撤退を「戦略上の大失敗」であると、一斉に非難した。
 米政府内は、一枚岩ではなく、「対立」が存在しており、すんなりと撤退となるかは、疑問だ。一方、イラクには6,000名の米兵が駐留しており、この駐留は当分続く。

 シリアからの米軍撤退はトランプの選挙公約であった。トランプは2020年大統領選挙を意識し、支持拡大を狙っている。いくつもの「思いつきの政策」でアドバルーンをあげ、直後の支持率と反応を測り、政策を採用するかどうかを決めている。トランプの政治スタイルだ。トランプの大統領選を指揮したスタッフがこの手法を取り仕切っており、トランプの信頼も厚い。シリアからの米軍撤退発表のあとも、支持率の動向を測っている。

 したがって、国防総省、軍産複合体、ネオコンなどとトランプは、必ずしも一心同体ではない。シリアからの撤退では明らかに対立している。トランプは反対するマティス国防長官を解任した。辞任発表に際に批判めいた言葉を残したマティスに対し、解任時期を2か月前倒しした。

 そもそも米軍のシリア駐留は、シリア政府の了解を得ていない勝手な駐留であり、明白な国際法違反である。
 米民主党幹部は、かつてオバマ政権下でオバマやクリントンらがネオコンと一体になって推し進めてきた不法なシリア介入を、現在もなおやり続けるよう要求しているのだ。

 また、国際法違反をわかっていて何ら指摘も批判もしない、逆にシリア撤退を批判する米マスメディアは、米支配層の宣伝機関に陥ってしまっていることを証明している。シリア撤退に反対するニューヨーク・タイムズやワシントンポストは、フェイクニュースを垂れ流し、自らへの「読者の信頼」を捨てていることになる。CNNの類は見るに堪えない。
 これが現時点における米国の「リベラル派」の姿だ。

 トランプを支持できはしないが、米民主党やヒラリー・クリントン、オバマが「よりマシだ」とは到底言えない現実が目の前にある。
 何も知らない者が、いまだにオバマに幻想を抱いている。よく知った者が、ウソを振りまき人々を騙して、「軍事介入」し中東を不安定化し支配する米戦略を正当化し続けている。

 米国を支配する軍産複合体、ウォール街、ユダヤ資本が、背後にいる親玉だ。もちろん、中東での戦争政策継続を望んでおり、シリアからの撤退に反対している。場合によっては、トランプ排除に走るかもしれない。

 いずれにしても、米国支配層は、どれもこれも、国際法違反を行え! シリアから撤退するな! と主張しているのだ。この「醜悪な姿」をきちんと確認しておかなくてはならない。

2)米国のシリアへの軍事介入は失敗に終わった!

 ただ、それでもはっきりしているのは、オバマ政権をはじめとする歴代米政権によるシリアと中東への軍事介入戦略が失敗し、米軍は敗退するという現実だ。

 シリアでの戦争は決して「内戦」ではない。米、サウジ、湾岸諸国、トルコ、英仏、イスラエルなどによって重層的に組織された傭兵を使った戦争介入である。確かに米軍はイラク戦争のように直接介入してはいない。そんなことをすれば明白な国連憲章違反、国際法違反となる。

 オバマの採用した戦争戦略は、サウジと湾岸諸国に金を出させ、米製武器を購入させ、米軍とCIAが訓練した傭兵集団を送り込み、シリア現政権を倒すことだった。シリアのIS、ヌスラ戦線、自由シリア軍、その他アルカイーダ系集団は何度も名前を変えているが、内実は変わらない。いずれも傭兵集団であり、そのなかにシリア人は10%程度しかいない。多くはチュニジア、アフガン、ウズベク、イラクなどから給与を求めてやってきている。傭兵に主導権はなく、「雇い主」が意のままに操っている。そのなかでISは、占領地域の油田を盗掘し販売し、資金を得てさらに武器を調達し、自活して戦争がつづけられるようになった。ISが急拡大した理由だ。もちろん、ISから盗掘石油を買った者がいる。米国に支援されたトルコであり、トルコ経由で買ったイスラエルである。

 このやり方はリビアでは成功した。NATO空軍がリビアで制空権を握りリビア空軍を抑えつけ、他方傭兵であるLIFGが地上戦でカダフィ政権を倒した。リビアの油田を占有したLIFGは、盗掘石油の資金で米国から武器を調達し、自活できる戦争集団になった。イスラム・テロ組織を名乗る傭兵集団の兵員の多くもまた、リビア人ではない。チュニジアやアフガン、ウズベクなどからリクルートされた傭兵集団だ。ここでも傭兵集団の主導権は「雇い主」が握っていた。石油を盗掘し資金を得、「自分の意志」で戦争をする集団となり、「成功」したのである。

 このような中東への戦争介入のやり方は、オバマ政権、クリントン国務長官がネオコンとともに進めてきた戦争戦略、戦争介入である。米軍を投入すると被害が出て米国内で批判が高まるので、傭兵にやらせる。金はサウジや湾岸諸国に出させる。国際法、国連憲章違反としての追及を免れようとする点で、きわめて狡猾な、ずるいやり口である。

 オバマはリビアで成功したやり方をシリアでも行うことにした。LIFGのメンバーはシリアに移動し、IS、ヌスラ戦線などと名前を変えた。シリア国内の反政府運動は、武装化を米国やサウジに頼んだ時点で、米やサウジに乗っ取られ、傭兵集団に組み入れられた。その名前が「自由シリア軍」だ。その時点で内戦ではなくなり、外国による戦争介入になった。

 そこでシリアのアサド政権は、国際法違反である米国主導の戦争介入、イスラム・テロ組織=傭兵集団によるテロ、戦争介入と戦うため、ロシアやイランに支援を求めた。
 
 ISを駆逐するのはそれほど難しくはなかった。資金源を断てばいいだけだ。盗掘石油を運ばせず、販売させなければいい。2015年9月30日から始まったロシアのIS空爆はすぐさま効果をあげた。これまで米軍が決してやってこなかったことだ。イスラム・テロ組織と戦うロシアの行動は、国際法に従ったものだ。

 米国やサウジは、ISをテロ組織と表向きは非難しながら、実際にはISを育て、後押しし、利用してきた。ISやヌスラ戦線、自由シリア軍などのテロ組織は、サウジやイスラエルとの関係も良好だ。サウジや湾岸諸国は、民間団体を使ってISに資金援助してきた。サウジと仲違いしたカタールが後にそのことを証言している。ISやLIFG、ヌスラ戦線などはイスラム勢力でありながら、イスラエルによるエルサレムの占領を非難しない。この点がリトマス試験紙だ。
 なぜならば、彼らが雇われ兵集団であり、「雇い主」はイスラエルに親近感を持つサウジであり米国だからだ。シリア南部東グーダやゴラン高原にいたイスラム・テロ組織は、18年3月、シリア軍に追い詰められたあと、ゴラン高原を不法占領するイスラエル軍に保護され、負傷した者はイスラエルの病院で治療を受け、イスラエルを通って各国に拡散した。「ホワイトヘルメット」と呼ばれる集団もそのなかにいた。「ホワイトヘルメット」も傭兵集団とみなして何ら差し支えない。

 米軍は、シリア国内に、シリア政府の了解なしに勝手に、20か所も軍事基地を建設し、いまも存在する。ユーフラテス川東岸地域、デリゾール周辺に多い。そこにシリアの油田地帯が広がるからだ。かつては石油を盗掘するISの拠点があった。このような行動は、明白な国際法違反である。国連安全保障理事会で決議しても、超大国・米国は従わない、無法を押し通す。米国とともに国連決議に従わない国々が集まって「有志連合」を形成し、勝手な侵略を続けてきたのだ。他の国がこんなことをしたら、とんでもない非難を浴び、止められる。イラクのフセインがかつてクゥエートを侵略したようなものだからだ。

 米が主導し、サウジ、英仏、トルコ、イスラエルらが加わった戦争介入に、シリアは耐えて最終的に打ち勝った。シリアにはもはやISはほぼいない。資金源を断てば傭兵は消える。給与を出さなければ、傭兵は故郷に帰る。石油を盗掘させなければいいのだ。
 資金援助してきたサウジはいまや財政赤字だ。資金は不足している。カタールはサウジから離れた。カショギ暗殺でサウジの最高権力者モハンメド・ビン・サルマン皇太子の地位は揺らいでいる。サウジの力も権威も落ちており、再び傭兵を再組織する力はもはやない。
 
 一方、トランプ政権になって、米シェールオイル生産が急増し、米国は石油を自給するだけでなく輸出できるようになった。そのことは、米国にとって中東の持つ重要性が変化したことを意味する。サウジを支持し、そのオイルマネーを使わせて戦争を仕かけ不安定化させたうえで、中東の軍事的政治的支配権を握るという米国の軍事戦略、それはオバマ政権を含むこれまでの歴代米政権のとってきた中東戦略であったが、その持つ意味合い・重要性が、少し変化したのだ。戦略物資としての中東原油とサウジの持つ意味合いが低下した。世界的に米国の政治的影響力が後退する中で、米国の中東への執着が少し弱まりつつある。米軍撤退はそのような変化の中で起きた一つの結果でもある。

3)ロシア、イランは、国際法を遵守させた

 ロシアはシリア支援に乗り出した。国際法を守れ!「国家間の争いを軍事力で解決してはならないし、軍事力で威嚇してはならない」とする国連憲章を遵守する立場で行動した。なぜならば、ロシア自身が同じような軍事介入に悩まされているからである。グルジア―南オセチアで、当時のサーカシビリ大統領に一方的に戦争を仕掛けられた。ロシア軍は軍事力で圧倒し跳ね返したものの、傭兵であるイスラム・テロ勢力による干渉が続いている。当時のサーカシビリの背後には米軍、イスラエルがいた。

 2014年には、米国に支援された右翼、ナチ勢力によるクーデターでウクライナ・ヤヌコビッチ政権が打倒された。クーデターで権力を握った右翼、ナチ勢力はウクライナ新政府となり、ウクライナに住むロシア人に攻撃をしかけ、ロシアにも戦争を仕かけた。ウクライナ・ポロシェンコ政権の背後には米国のネオコンがいて、今も裏で糸を引いている。

 ロシアはここでも対応を余儀なくされたが、あくまで国際法に則った対応でなければならなかった。でなければ、NATO軍が介入する危険性があったからである。プーチン政権は、口実を与えないようにあくまで慎重に、国連憲章、国際法に則った対応を辛抱強く採り続けている。国家予算をロシアとの戦争に投入し続けてきたウクライナ政府は財政破綻し、いまや破綻国家になった。より一層、IMFや米国の言うなりになる政府になった。
 それでも米欧はロシアに経済制裁を発動し、日本も加わっている。

 欧米がリビアに戦争介入した時、ロシアは批判したものの、カダフィ政権を打倒する欧米の動きを止められなかった。それゆえシリアにおける戦争介入に際し、プーチンは国連憲章を遵守する立場からアサド政権支援のため軍を送り、テロ勢力との戦争に参入した。それ以外に有効な手段はないと判断したのである。
 これが、米国がロシアにさらに追加の経済制裁を発動した理由だ。そしてこの時も、EUや日本は米国の主導する制裁に従っている。

 イスラム・テロ組織と戦うシリア政府に対するロシアの支援は、国際法に則っており、国連は批判しないし、できない。米国、サウジ、湾岸諸国、イスラエルも、テロ組織IS絶滅を掲げている手前、表向きは批判できない。したがって、ロシア軍のシリア派遣は、米国、サウジ、トルコ、イスラエルなどの了解を得ている。

 イランもシリア・アサド政権の依頼によりISとの戦いに革命防衛隊を送った。これも国際法に則った対応だ。
 イランは、歴史的に米国による政治介入に苦しんできた。モサディク政権は米軍に支援されたパーレビ国王によって倒された。1979年のイスラム革命によりパーレビ国王を追放し、油田を国有化したが、そのことが米国の利害を侵し、長らく米国の目の敵にされた。米国にそそのかされたイラク・フセインによって戦争を仕かけられたり、様々な経済制裁や介入を受けてきた。イランにとって、シリア政権を支援することは、米国に攻撃されイランと同じ境遇にあるシリアを支援することであり、それはイランを防衛することでもある。そして、中東において米国の仕かける戦争をやめさせるのを目的にしている。
 
 米国の専横に反対し対抗していく動きを、ロシアとイランは採っており、すでに中東の人々の信頼を獲得しつつある。軍事力が不利な側は、国際機関から離脱し専横なふるまいをする米政府に対して、国連や国際機関を通じた協調、国連憲章、国際法遵守などを掲げた国際協調で対抗することになる。プーチンは実際にそのように振る舞っている。これまで確立してきた平和的な国際秩序、戦後秩序を擁護するのだから、「理」はロシアとイラン、シリア側にある。

4)欧州の米戦略への追随とその結末

 英仏をはじめ欧州諸国は、米国の中東への傭兵を使った戦争介入に、その利害から加担するという「ずるい」態度をとってきた。そもそもこれが大きな間違いだった。

 リビアには、英仏伊はNATO軍として出陣し制空権を支配し、地上でのLIFGによる破壊行為をやらせ、自分の手を汚さずにカダフィ政権を打倒した。伊が参加したのは旧植民地宗主国だからでもある。その結果、カダフィ政権は解体され、政権下で築かれてきたリビアの高い教育制度や福祉制度、文明社会は破壊され、リビアの油田はリビア国民のものではなくなった。「リビアは独裁国家だから破壊してもいい」と米英仏伊は公言し、その通り実行した。明白な国連憲章違反であり、犯罪である。

 たとえ独裁国家でも、他の国が武力によって打倒してはならないことは国連憲章が掲げている通りだ。もし、そのような「理屈」が成り立つなら、イスラエル政府はすでに何度も打倒されなければならなかっただろう。サウジや湾岸諸国は、リビアやシリアよりはるかにひどい独裁国家である。より先に打倒される順番が来ていたはずだ。

 シリアでも同じ口実、同じ手口の政権破壊に、NATOとしてEU諸国は加担した。その結果何が生じたか?

 何百万人ものシリア難民、リビア難民が、トルコやギリシャ、イタリアを通じて欧州に流入した。これまでの難民とは数において桁が違った。しかも、難民発生原因が明白だった。米国とEU諸国が行ったリビアとシリアへの戦争介入によって、大量に生まれたのだ。そして流れ込んだ先は米国ではなく、欧州なのだ。シリアでの戦争をやめることが何よりも難民問題を解決する最優先の対策なのは、誰が見ても明らかだ。しかし、EU諸国は、戦争介入に反対しなかったし、今もしていない。
 だから、しっぺ返しを受けているのだ。

 難民の大量流入は、EU諸国に政治危機をもたらした。EU諸国内において排外主義政党が台頭し、仏、独,伊をはじめとするEU諸国の政権と政権政党の地位を揺るがせ、従来の支配を脅かす事態を招いている。米英にはシリア難民は来ないので、その政治的影響はほとんどない。米国は、難民流入によって政治的危機に陥ったEU諸国に揺さぶりにかけ、EUのまとまりを破壊する政治的脅し、道具としてさえ利用したのである。米国の出先機関NATOは、いまやネオコンが支配し、常にロシアに戦争挑発をかけており、いわば「関東軍」化している。

 仏マクロン政権は、支持率を急降下させ、黄色ジャケットデモで揺らいでいる。独政権は選挙で敗退し、メルケルは党首辞任に追い込まれ、政権与党の基盤は弱くなるばかりだ。東欧諸国では排外主義、右翼政党が台頭している。EUはまとまって米国に対応する力を一層失った状態に陥っている。

 EU諸国が米国の戦争政策に従った結果が、これだ! EU政府首脳は、果たして自業自得という言葉を知っているのだろうか!
 EUの政治的な指導者たちは、上述の通り、見事に「愚か」なのは明らかだが、どの指導者も表立って、シリアへの軍事介入をやめる姿勢を見せていない。
 
5)イスラエルの孤立

 トランプ政権は米国大使館をテルアビブからエルサレムに移動させた。トランプにとっては支持率を上げるためのパフォーマンスだ。イスラエルは喜び、より一層の戦争政策への傾斜となった。しかし、情勢はすでに変化していた。この変化に対応できないイスラエルには「孤立」が待っている。

 イスラエル戦闘機は、これまでシリアやイランの施設を勝手に攻撃し、200回以上もシリアを領空侵犯してきた。その侵犯事実をイスラエル自身が自慢げに語ってきた。明らかな国際法違反であり、国連憲章違反だ。しかし、イスラエルは国連憲章や国際法など一切無視してきたし、国連安保理での非難決議が上がっても米政府が拒否権を発動してくれるので、平気で何度も侵犯し侵略してきた。イスラエルの戦闘機は、米国が製造し、補充し、資金供給しているF-15とF-16なのだ。実際、毎年30億ドルのアメリカ援助によって、イスラエル国防軍が、この地域での優位を維持してきたのである。

 そのようななかで、情勢の変化が生まれた。シリアへロシア軍が参加したことをきっかけに、「領空侵犯した戦闘機は、撃墜されても文句は言えない」というルールが効力を持ちはじめたのである。

 17年10月、シリアのIS を攻撃していたロシアのスホーイ24戦闘機が、トルコを領空侵犯したという理由で、トルコ空軍F16戦闘機によって撃墜された。ロシア軍機はトルコを攻撃していたのではないから、何ら脅威でさえなかった。この時、トルコの背後には米国がいた。オバマは、「領空侵犯したなら撃墜されても文句は言えない」と語った。後に、対米関係が悪化したトルコ・エルドアン政権は、ロシアに謝罪した。

 17年4月、18年4月には、「シリアが化学兵器を使った」といういまだ証拠が一切示されない理由によって(今では反政府イスラムテロ組織の流したデマだったことが判明している)、米軍、NATO軍がシリアをミサイル攻撃した。これも国際法違反である。化学兵器を使った事実をまず検証しなければならないにもかかわらず、うその情報を広め、勝手に攻撃した。
 また、18年9月には、イスラエルの挑発行動でロシアの偵察機イリューシンILが撃墜され10数人のロシア軍人がなくなる事件が起きた。

 これらに対応するため、18年末現在、シリアにはロシアの対空ミサイルS-300、短距離防衛ミサイルシステムが配備された。そのことで、イスラエルはかつてのように自由にシリア領空を侵犯することができなくなってしまったのである。オバマが言った通り、イスラエル軍機が「領空侵犯したなら撃墜されても文句は言えない」事態となったのである。

 このことの意味は、極めて重要だ。米空軍機はアラブ諸国上空を、超大国の権威によって「自由に」飛ぶことができるにもかかわらず、イスラエル軍機は、シリア上空を含む各国の上空を通って、アラブ諸国に飛来し攻撃することが、ほぼできなくなったということだ。イスラエル軍の「利用価値」が下がった。
 
 そのような事態になったうえで、今回の米軍のシリアからの撤退である。

 イスラエル社会に一気に、危機感、孤立感が広まった。トランプがシリアからの軍力撤退を宣言した数日後の12月26日、イスラエル軍機がレバノン空域からダマスカスへの空襲を試みた。

 しかし、この空襲はほぼ失敗に終わった。イスラエル戦闘機はレバノン空域から、およそ16発の遠隔爆弾を発射したが、大部分はシリアの短距離航空防衛によって破壊された。しかも、これまでとは違い、イスラエル軍機は湾岸からヨーロッパに向かう2機の商用航空機の背後に臆病に隠れて、レバノン空域から撃ったのだ。

 そればかりでなく、シリアの防衛ミサイルがイスラエルに発射された。これは「新交戦規則」(攻撃されたら、防衛権に基づき反撃することができる)が制定され、かつシリア軍によって適用された確認となった。これまでなかったことだ。イスラエルによる対シリア攻撃は、シリア軍による対イスラエル直接攻撃によって反撃される可能性が、現実に転化した。

 この空襲にはほかにも意味があった。
 まず、ネタニヤフ政権にとって、攻撃的・侵略的な戦争政策を続けるという姿勢を国内にアピールし、国内政治の動揺を鎮める目的があったのだが、空襲失敗によって、その目的は達成されず、国内政治は混乱したままだ。
 また、18年秋にシリアに配備されたS-300の反応をためす意味もあった。イスラエルの放ったミサイルの多くは撃墜されたが、シリアはS-300を使用せず、イスラエルのF16は撃墜されなかった。
 そして、この空襲の失敗で、従来のイスラエル軍の軍事的優位が大きく後退したことを、アラブ社会と世界は知ったのである。

 政治的危機は、イスラエルのネタニヤフ連立政権から主要政党を抜けさせた。イスラエル政権はもはや従来の侵略政策を続けることができなくなっている。軍事的にも政治的にも何らかの修正が必要となった。19年4月には総選挙がある。


6)中東政治の変化、米国の影響力の後退、サウジの政治的危機

 カダフィのリビアは破壊された。サウジと湾岸諸国は米国の中東での戦争政策に加担し、イスラエルと争わない関係にすでに変化した。イラク、レバノン、ヨルダンは混乱したままであり、イスラエルに対抗する力はない。戦闘機を自由に飛ばせなくなったイスラエルは、勝手にレバノンからシリアにミサイルを撃っており、レバノンはすでにイスラエルの出先基地になった。

 したがって、イスラエルの戦争政策に反対するイランとシリアの政権を弱め破壊し、例えば、いまのレバノンのようにすることがイスラエルの目的である。その目的に従い、シリアとイランに対する米国の戦争介入政策を実行する役目を担ったのである。

 しかし、15年9月からのロシア軍の支援によって、ISやヌスラ戦線などイスラムテロ組織=傭兵組織が力を失っていき、ついにほぼ壊滅状態になった。米国の戦争戦略に積極的に加担したイスラエルは、傭兵による介入政策が破綻したことで、そしてさらに米軍撤退によって孤立することになったのである。
 
 イスラエルばかりではない。中東の大国トルコは、米国のシリアへの戦争介入戦略に加担してきたが、思い通り動かないエルドアン政権をクーデターで倒すという米国の冷酷な動きにエルドアンは激怒し、かつ強く反発し、米国から離れ、ロシア、イランと接近し、シリア停戦に協力するに至っている。

 これまた米国の戦争政策に積極的に加担してきたサウジは、カタールとの断交で中東での影響力を失いつつあり、イエメンへの勝手な爆撃による軍事費支出増大で財政赤字はかさんでいる。さらに「カショギの暗殺」がトルコ政府によって暴露され、窮地に陥っている。

 今後、中東は政治的な再編が進むだろう。この地域での米国とサウジ、イスラエルの影響力は確実に低下したし、この先さらに低下する。他方、ロシアとイランの権威は高まった。

 「イランとの核合意」は、米国だけが一方的に破棄し、米国は単独でイランへの経済制裁を発動している。問題は、今後、制裁にどれだけの国々が加わるか、どうかだ。ロシアと中国は加わらない。EUやほかの国々がどうするかに、注目が集まっている。米国の力の低下の程度を測ることができる。

 サウジとイスラエルはより孤立化するだろう。それは歓迎すべきことだ。
 米軍がさらにイラクやアフガンから撤退することが、事態を好転させ、中東をより安定化させるはずだ。
 米国に、シリアからの米軍撤退に代わる新しい米戦略の採用、新たな中東介入を許さないことが、この先、中東を政治的に安定化させる上で重要な点だ。


(文責:林 信治)








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