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KPD声明(7月4日) [フィリピンの政治経済状況]

KPD 声明を載せるにあたって

 7月4日付けのKPD声明が送られてきた。ドゥテルテ政権1周年を迎え、フィリピンの緊迫化した、その複雑な政治情勢を読み解こうとしている。同意しがたいところもあるが、一つの見方として紹介する。また、「声明」に書かれている事実関係の紹介も必要かと考え、補足も含め書き記した。

1)ミンダナオにテロリストが突然現れた理由

 イスラム過激組織、マウテ・グループが、数百人規模でミンダナオ南ラナオ収州マラウィ市で大規模な戦闘を起こし占拠し、フィリピン国軍と対峙している。避難民は60万人を超えた。マウテ・グループが高性能の米国製武器で武装しており、国外からの大きな力が働いているのは明らかだ。
 ドゥテルテ政権は、米国との同盟関係は維持しながらも、中ロへの接近を図ってきた。米国が主導した南シナ海問題でのハーグ仲裁裁判所の判決を無視し、比中二国間交渉での解決へと転換した。ドゥテルテはすでに二度も訪中したのに、ワシントンへは背を向けたままだ。東アジアで危機を煽る米国・日本と距離を置き、中国とも付き合うこのような動きは、フィリピンだけでなくアセアン主要国であるマレーシア、インドネシア、タイも同調しており、米国のアジア政策は破綻しかねない。米国の焦燥と怒りは頂点に達しているはずだ。
 それが、マラウィに突然テロリストが現れ、戦闘が始まった理由だと指摘している。フィリピンにテロリストが現れれば、米国政府と米軍がフィリピン政治に介入する理由ができる。
 このような批判は、KPDの声明に限らず、アメリカ政府、CIA情報に支配された大半の欧米ジャーナリズムに属さないジャーナリスト、権力と結びついたフェイクニュース以外のジャーナリズムが指摘してきた。特にISを使ってシリアを破壊したアメリカ政府、湾岸諸国、イスラエルへの批判として、何度も指摘されてきた。

 中東では、米軍とCIAがイスラム武装グループを訓練し、サウジアラビアと湾岸諸国が資金を出して、アルカイーダやISなどのテロリストを送り、リビアやエジプトなどで政権を転覆させてきたし、イラクやシリアを破壊してきた。米政府と米軍が直接介入しないで、傭兵を使ったのだ。ISが力を持ったのは、油田を占拠し巨大な資金を手にしたことで、兵士を雇い入れ最新の武器を調達したからだ。ISは雇い主の言うことも一部、聞かなくなった。侵略先の石油資源を盗掘し、戦費は米国やサウジの負担でなく、「自前」で戦争を継続したところに独自性がある。

 ミンダナオにおけるマウテ・グループとアブサヤフの突然の出現は、このパターンにぴたりと符合する。アメリカは、今やISを非難しているが、そもそもISを育てたのはアメリカ政府だ。だから、フィリピンへは名札を変えた「マウテ・グループ」が出現したのだ。
 アメリカ、サウジ・湾岸諸国とアルカイーダ、IS、アブサヤフ、マウテの関係は、バブル時の日本の銀行、ゼネコンと地上げ屋の関係とよく似ている。バブル崩壊後、地上げ屋は、銀行やゼネコンの言うことを、一部聞かなくなった。

2)ドゥテルテの戒厳令、支配層内の対立が顕在化

 この緊迫した情勢のなか、ドゥテルテはミンダナオに戒厳令を宣言した。しかし、フィリピン国軍、国防省は米軍の影響が強く、支配力も働いており、ドゥテルテの戒厳令に反対する動きを見せた。これまでの通り米国支配下のままか、没落する帝国・米国とは距離を置き中国、ASEANと密接に付き合うかという、フィリピン支配層内部での対立が一部顕在化した。
 KPDの声明は、フィリピン国内では、人々の側、民主主義の立場から、米国の介入に反対するとともに、ドゥテルテの戒厳令にも反対しているとしている。複雑な情勢を反映したものになっているものの、テロを口実とした米国の政治介入の危険性よりも、ドゥテルテの戒厳令批判に重点を置くと断言している。テロリストを使った戦争と混乱への危険を押しとどめようとするプランは見られない。

3)ドゥテルテの独裁への批判

 KPD声明の一つの特徴は、ドゥテルテ政権の権威主義、「麻薬撲滅」を掲げた強引な強権的な政権運営に対して、激しく批判している点にある。ドゥテルテは、かつてのマルコス大統領への「憧れ」を抱いており、公然とマルコス埋葬を行わせた。そのことに対し、厳しく批判している。
 また、ドゥテルテ政権は、政権発足に際し、国内武装組織、フィリピン共産党-新人民軍(CPP-NPA)、モロ・イスラム解放戦線(MILF)と和平協定を結んだ。また内閣の一部に、民族民主戦線(NDF)影響下の人物を迎えている。そのことをもって、「CPP-NPAはドゥテルテと連合した」と声明は非難している。
 あるいは、この30年左翼の組織は弱体化している現状を嘆き、一から人々を組織しなければならないと呼びかけている。

 ドゥテルテ政権が、国内武装組織と和平協定を結んだことは、それ自体ですべて解決したわけではないし、ドゥテルテ政権を全面的に信頼すべきというのではないが、フィリピンの人々にとって政治運動の基盤を保障することであり、私たちとしては歓迎すべきことととらえている。NDF影響下の人物が政権に入ることは、そこに取り込みや連合があるとしても、今後の政治運動はそのような水準で行われるようになったという「政治環境」の転換を示しており、その条件下で人々の信頼を獲得し組織し、いかなる政治運動を繰り広げるかに尽きると思われる。その方針、準備、活動こそが必要になっており、その方針と計画こそが提示されるべきだ。声明は触れていない。
 あるいは、「人々を一から組織する」と主張しているものの、その具体的な計画、行動には、触れていない。そのような批判は、清算主義的という指摘をまぬかれえない。

 上記のように、「声明」をそのまま評価しかねる点もある。ただ、一つの見方として紹介する。今後きちんと議論し検討していきたい。(文責:玉)

*****

2017年7月4日 KPD声明


1)マラウイでテロリストの突然の出現の意味、 ドゥテルテの戒厳令、どう対処すべきか?

 5月の末から、アメリカ兵の姿がミンダナオ・マラウイ市に現れた。米軍のP3オリオン偵察機が攻囲されたマラウイ市上空を定期的に飛行した。ドゥテルテは言った。「アメリカからの支援は求めていない」。しかし、フィリピン国防省とフィリピン国軍は早々とアメリカの役割を正当化した。「アメリカ政府は軍事技術と諜報支援を提供するが、このことに対し、フィリピン政府からの要請は不要である、というのは米比防衛安全保障協定で定められているからだ」。

 AFP通信社のレポートによると、「少数のアメリカ兵は、不可欠な監視活動に従事しており、戦闘の役割はないが、『最初に攻撃されたなら、反撃する』と、フィリピン軍スポークスマン、レスティチュート・パディーリャ准将は語った」のだという。きわめて危険だ。米軍によって戦闘は勝手に拡大されてしまう!!

 AFP通信社はさらに、以下の通り、述べた。
 「昨年、ロドリゴ・ドゥテルテが大統領になり、中国と友好関係を結び、アメリカ合衆国との軍事同盟の比重を低下させようとした時から、フィリピンにおける米軍の存在はとても微妙な問題になった。」

 ロレンツアーナ国防長官によれば、現在、米国ではなく、オーストラリア政府が、マラウイ市のみならず、中心ミンダナオ、バシランとスールー海をもカバーする2機の偵察機を送っている。 フィリピン政府とオーストラリア政府間には、フィリピンの広域上において、戦闘支援、空中監視するオーストラリア軍隊を含まない豪比相互軍訪問協定が存在している、という。 
 面白いことに、ドゥテルテがマラウイ戦闘での米国の役割にしぶしぶ言及する間、フィリピン大統領府はオーストラリア政府の申し入れを素早く歓迎したのだ。

 フィリピン国軍が主張する「ISISの感化を受けた」とは異なる「イスラム国との関係」をマウテ・グループが持っていると、ドゥテルテが彼の宣言No.216で主張したあと、米国とオーストラリアは明らかに介入する機会をつかんだ。 同時に、アジア太平洋地域、特に南シナ海地域において、アメリカ政府とその主要な同盟国(オーストラリアと日本)が軍事的緊張を高めつつあるという他の複雑な問題も、生起させつつある。 

 グローバル・リサーチ誌に定期的に記事を書いているアナリスト、トニー・カルタリッチによると、「テロ戦闘員らは米国の同盟国、サウジアラビアやその他の湾岸諸国から資金援助を受けており、イスラム国自体が明らかにアメリカ政府とペルシャ湾諸国が作り上げたものだ」というのだ。そして、「アメリカ政府とフィリピン政府の結びつきが弱くなり、アメリカの存在を高いレベルにおいてフィリピンから最終的に取り去るという刺戟的な政治転換が行われているちょうどその時に、テロリストがフィリピンで突然に、かつ見事に出現したことは、最近の騒乱が便利な偶然の一致以上のことを示している」と書いている。

 「フィリピンにおけるISISの突然の出現が、ちょうど今の時期と重なったことを、ワシントン以外はけっして正当化しない。アメリカ政府とアメリカ軍は、フィリピンにとって不当で不必要な存在と影響なのであって、単なる偶然の一致以上だ ? アメリカ政府がフィリピン地域における主導権を確保し、継続した存在であるために人為的に危機をつくりだすのは、これまでとってきた常套手段の一つなのだ。」 (トニー・カルタルッチ、フィリピン:「ISがアメリカ外交を再び救う」グローバル・リサーチ、 2017年6月15日)

 ドゥテルテがフィリピンにおける米軍プレゼンスに抵抗したけれども、米比防衛力強化協力協定(EDCA)が米国とフィリピンの間に結ばれているという事実を、彼は受け入れた。
ドゥテルテが、「さよならアメリカ」、「ようこそ中国とロシア」と外交方針の転換を表明し、一見深刻な状況になったように見えたが、フィリピン国軍と国防省は、それほど深刻にとらえていない。 特に国家安全保障と外交関係について、ドゥテルテは多くの声明を発し行動をとったが、内閣または関係部門と協議さえしなかったと、ロレンツアーナ国防長官は、数度にわたり、不満を表明した。 最新の不満表明は、フィリピン国軍と国防省は、ミンダナオでの戒厳令宣言を勧告していないという暴露だ。ドゥテルテが勝手に戒厳令を出したのであり、フィリピン国軍と国防省には意見を聞かれなかったというのだ。 ドゥテルテの独裁に向かっての歩みは、フィリピン支配層内の危機を表面化させた。

2)絶対権力へのドゥテルテの衝動 支配層内の対立が顕在化

 絶対権力へのドゥテルテの衝動は、2016年5月に彼の宣言にも見られたが、2016年6月30日に大統領として就任後、正式に始まった。ポピュリストであり、反民主主義的なリーダーシップをまとった元ダバオ市長ドゥテルテは、贔屓政治で独裁的な、権威主義的な特徴、行動スタイルを宣言する。ドゥテルテ政治が、民主主義にほど遠いことを日々経験をするフィリピンの社会生活において、人々の間に贔屓政治がはびこる「文化」はとても全面的なのだ。救世主や保護者であるかのように所有者に寄せる信念と信任に基づくフィリピン社会に根づく文化は、人々をより受動的に、脅された状態する。

  この文脈において、ドゥテルテは選挙に勝ち、一年後においても人気を維持している。「変革者」として、「決断力のある統治者」、「素早い判決官」であるかのようなポーズをとることによって、10万人から何百万人もの麻薬常用者と売人の殺害を約束することによって。そして、これまで8,000人以上の麻薬常用容疑者と売人容疑者の殺害を引き起こしたドゥテルテの「麻薬との戦い」はすでに悪夢のような現実になった。
 これらすべての徴候によって、起訴と禁固から超法規的な権力の行使において、捏造された告訴で、「中傷者」と「敵」を孤立させて虐げ沈黙させるために、 ドゥテルテの「麻薬との闘い」、「テロリストとの闘い」、「腐敗との闘い」は、中心となる方針なのである。

 より巨大な権力を志向するこの血塗られた大統領の衝動と血の言葉は、人々に恐れと受動性を植え付け、人々を扇動し分断している。その上で、自治、適法手続きと法の支配の原則をさえ覆すまで、ドゥテルテは至った。確立した法や裁判のプロセス、議会運営手続きは、すでにたたきつぶしている。ドゥテルテのリーダーシップのおかげで両院議会では多数派を占めており、特に彼に対する盲目的な忠義を示す下院においては、ドゥテルテは司法当局をほとんど無視する大君として振る舞うに至っている。

 ちょうど2日前(7月2日)、あるいは最高裁判所が戒厳令宣言に対し嘆願書への判決を下すことになっている3日前に、ドゥテルテは「戒厳令の批判者を投獄する」と警告した。彼は言った。「最高裁判所の気まぐれにかかわってはいられない。私は、彼らを信じなければならないのか? 状況はまだ混沌としていると私が判断しているこの時に、お前たちは戒厳令の解除を申し入れるのか? 私はお前たちを逮捕して、刑務所に入れる」と、ドゥテルテは地元当局を前にして語った。(newsinfo.inquirer.net/910319/duterte-threatens-to-jail-martial-law-critics#ixzz4leuulprQ) 

 彼はフィリピン国軍からだけは話を聞くと、ほのめかした。フィリピン国軍が戒厳令を提案しなかったことは、周知のことだ。このことは、ドゥテルテがテロリストと戦う意思がないことを示している。 結局のところ、憲法は戒厳令宣言の条件にテロリズムを含んでいない。ドゥテルテは、実のところより多くの権力、つまり、絶対権力を持つに至っている。

 ドゥテルテと司法省および議会における彼の手下が、法律と憲法の解釈を回避し、チェック・アンド・バランスの原則を捻じ曲げたことで、フィリピン国軍が憲法と国際条約によって定義される規則を守るように見えるということだ。 フィリピン国軍のもう一つの示差的特徴は、アメリカ軍との直接的な関係である。 フィリピン国軍はアメリカ軍が作り上げてきたものであり、アメリカ軍によって武装し、訓練を受けた。 フィリピンとアジアにおいてアメリカの利益が危うくなっている時はいつでも、この特徴はフィリピン国軍の役割を測るうえで、きわめて重要だ。

 フィリピン国軍は、数回、最高司令官であるドゥテルテをはねつけた。 1月に行った演説でドゥテルテは、たとえ人質が「副次的被害」を受けることになっても、フィリピン海軍と沿岸警備隊にアブサヤフを爆撃するよう命令した、と語った。しかし、フィリピン国軍スポークスマン、ジェン・パディラ准将はメディアの取材に、「明白な命令はない。しかし、命令があれば、軍隊は、その作戦のすべてにおいて被害がより少なくなるように追求し続ける」と語った。 
 二、三ヵ月前に管轄下のミンダナオにおいて、ドゥテルテが戒厳令を宣言したが、フィリピン軍は根拠がないとして戒厳令を拒絶した。 戒厳令宣言後、2、3時間経っても、フィリピン軍広報課エドワード・アレヴァロ大佐は、「マラウイ市の状況は順調である」という声明を読みあげた。
5月24日に、フィリピン国軍西ミンダナオ司令部は、「我々は、まだ宣言No.216の写しを受け取っておらず、その実施に関して命令とガイドラインを待っているところだ」という声明を出した。 声明は、「我々は、人権と国際的人道法を尊重し、法律に基づき、命令を実行する」と繰り返し述べた。

3)政府外のフィリピン支配層の動き

 民間軍隊の外で、国の機構は、カトリック教会、大企業、大メディア・ネットワークなどのそれ自身が強力な影響力を持つ組織である。
 彼らの社会的地位によって、彼らは政府だけでなく市民にも影響することができた。フィリピン・カソリック司教会議(CBCP)は、現在に至るまでドゥテルテ政権に批判的ながら協力する立場を維持している。特に人権侵害を無視し死刑制度を復活するドゥテルテに対し、批判的だ。ただ死刑制度復活は、すでの議会下院を通過した。 ミンダナオの戒厳令に関して、ミンダナオ地域のすべてのカトリック司教は、戒厳令への支持を表したと同時に、「一時的で」なければならないと強調した。
 私企業、特に大手の多国籍企業は、市民または政府の利益に従っていない。 多国籍企業は自身の個別の利益にしたがって行動する。 ビジネスが繁盛し利益が保証される最も良い条件がある限り、彼らは、どんなレベルででも、政府を「支える」。 大小さまざまの、ローカル資本であろうが外国資本だろうが、すべての私企業は、ドゥテルテ政権が契約労働制度を不法化しなかったことに満足している。 実際に、契約労働制度はさらに合法化した。 この前の1月19日に、事務局長サルバドル・メディアルデア(Salvador Medialdea)の事務所を通じて手紙で、ビジネス部門、特に海外の商工会議所は、12の改革を求める彼らの要求を提出した。 改革は、彼らの重要性によって、以下の通り:
・外国の資産規制を緩和する憲法改正;
・広範囲の税制改革一括法案;
・見習いプログラム改革;
・建設・運転・引渡し法改正;
・情報の自由;
・企業コードの改正;
・一般のサービス法改正;
・データ通信セクターの改革;
・水セクター改革;
・秘密法改正を保存;
・交通と輸送危機に対処する非常大権;
そして、・小売業法改正。
(ロイ・スティーブン・C・カニヴェル、「財界の指導者たちは政権のインフラ推進に楽観的」、フィリピン・デイリー・インクワイアラー紙、2017年7月4日)

 ちょうど外国資本を含む大企業がこれらの要求で団結するとき、競争はビジネス活動を定める基本法だ。 政府とのうまみのある契約や取引を得る方法を、買ったり支払ったりすることができる者が、必ずしも政府を支えるわけではない。 政治に関しては、大企業は、対立する政治的動向があれば両方に賭けるし、特に外国人投資家と債権者の利益において、経済全体を掌握するために、政府の安定性を重要視し、全体的な政治情勢を見越して投機する。

 今はまだドゥテルテが見返りを受けている期間だ。 大統領選挙での個人のドゥテルテ支持者、企業のドゥテルテへの賭けに対し、彼はまだ「好意」を返している状態だ。 うまみのある契約または譲歩以外のこととは、取締役会のメンバーのために内閣の職を用意することである。かつてフィリピン航空の最高経営責任者(CEO)であり、ユナイテッド・パラゴン鉱山社の取締役であったカルロス・ドミゲス(Carlos Dominguez)金融長官のように。

 それでも、企業は常に政府プログラムと政府プロジェクト、特に大きい予算プロジェクトについて慎重だ。 内閣の8兆ペソに上る「インフラ建設のための黄金時代」、または「建設、建設、建設」計画が、特に「複合型半官半民協力」に戻った今、資金を欠いているということを、誰でも知っている。 この複合型計画の下で、政府は資金を供給してインフラ建設をし、その上で後に入札が行われ、外部の民間会社が稼働させ経営することになる。

 政府の基金は、税収、二国間融資やODA 基金から供給される。 ファースト・パシフィック社、フィリピン長距離電信電話会社(PLDT)、メトロ・パシフィック社のマニー・パンギリナン(Manny Pangilinan)とメガワイド建設のオリバー・タン(Oliver Tan)によれば、税以外のより多く、すなわち「複合型PPPは、結局納税者によって払われなければならず、政府債務を増やすことになる」という。 タンは、「ODA資金によるインフラ整備は時間がかかり、プロジェクトが遅れればコストは上がる。ところが、民間部門主導であればより速い」と付け加えた。 経済界の懸念にもかかわらず、ドゥテルテ政権は、スローガン「建設、建設、建設」のスローガンを繰り返し、「ドゥテルテノミクス(ドゥテルテ経済)」を喧伝し続ける。」(アイリス・ゴンザレス、「複合型PPP計画を懸念する」、フィリピン・スター紙、2017年5月24日)。
 
 政府の優先順位は、現在のところ鉄道施設計画であり、最初の部分はCTRPである。 これが中国と日本からの「約束済の」ODA資金提供の主要な条件でもあるようだ。
 すべての民間資本のメディア機関は、商業的な企業として存在している。このことは、メディアの論調がなぜビジネス界寄りになるのかという理由を説明する。 ドゥテルテについてのメディア人の問題は、メディア人と彼らが働くネットワークとの喧嘩へと向かうドゥテルテの強い傾向にある。 ドゥテルテの権威主義的な性格と精密な考え方は、知的な質問を理解することや、特に批判したりコメントをすることを、難しくする。

 彼に批判的であるメディアはすべて閉鎖させるというドゥテルテの一貫した脅迫、例えばABS-CBNとフィリピン・デイリー・インクワイアラー紙は、ドゥテルテに批判的なメディア人を作ると批判されている。 メディア・ネットワークは麻薬との戦い、LNMBのマルコスの埋葬、マラウイの戦争、戒厳令、とりわけ、ドゥテルテの反米国の表明についてモニターしていて、しかも批判的なのだ。

4) 反動的な政治反対勢力はどう振る舞ったか?

 このような事態が進んだにもかかわらず、政治的な反対勢力は受動的だった。 アキノ政権時代に自由党に加わった人は、PDP-ラバンへ移ったか、ドゥテルテ政権に忠誠を誓った。その後、10人のうち1人は殺されている。 フィリピンの反動的な政治に特有なこの「裏切り主義」は、数少ない忠実な自由党メンバーがドゥテルテ体制を批判する行動を開始するのをより難しくする。

 現在のところ、自由党(LP)は、ミンダナオでの戒厳令宣言とLNMBでのマルコス埋葬に批判的な声明を出しただけだ。
 アキノ前大統領を含む自由党メンバーは、この2月、エドサ(EDSA)革命記念祝典の間、LNMBにマルコスを葬るというドゥテルテの決定に抗議するために、市民社会組織によって組織された大衆行動に加わった。 アキノは、ドゥテルテ政権1周年後に、ドゥテルテ政権についてコメントすると約束した。

 他方、ドゥテルテ政権は過去の内閣に対する告訴を準備しているだけではない、でっち上げられた薬物乱用の容疑で、ライラ・デ・リマ(Laila de Lima)前司法省長官、現上院議員を投獄した。 
 支配的システムそのものの矛盾、支配階級の政治的代表者の間の固有の対立は、ちょうどヒートアップしているところだ。

5)テロリズムと闘おう!戒厳令に反対しよう!
自主的自発的な人々の組織をつくろう!

 対国家、対非国家にかかわらずテロリズムに対する戦い、そして、本物の民主主義と社会的な変革のために闘わなければならない。テロリズムと闘おう! 特に国家のテロリズムに対して闘おう! 戒厳令に反対しよう!

 2016年11月18日~26日からのLNMBにおけるマルコス埋葬に反対する人々の自然発生的な行動は、先行する準備なしには、あるいは説明する期間や立場の一致がなければ、起こりえなかった。 LNMBにマルコスの死体の埋葬準備をするようにフィリピン国軍に命じた2016年7月の大統領府のメモのあと、建設を始める政治的合意がまとまったことが、メディアにより暴露された。
 LNMBへのマルコス埋葬嘆願書が8月上旬前に最高裁判所に提出されたあと、政治的合意がさらにまとまり、より多くの建設活動があとに続いた。 これらは最初の抗議行動を含んだ ― ある人が8月12日にマニラ・リサール公園(Luneta)開催した、そこに写真展示、マルコス独裁時代の闘いや人々の暮らしを表現した寸劇などを含んだフォーラムが一緒になった。

 マルコスが戒厳令を出した44年周年記念日の9月21日、活動はピークに達したし、その後もおさまらなかった。このような活動は、必要だった。LNMBへのマルコス埋葬反対し抗議していく人々の間に、まるで電気を流すかのように印象づけ行動を統一していくことになった。
 11月16日、最高裁はLNMBへのマルコス埋葬を9票の多数で決定した、専門用語上は単に内密の葬式とされながら、正式な軍隊と国家の栄誉に基づいた葬儀が催され、人々から多くの怒りを呼び起こした。 その時までは、「専制政治と闘え!」と、「マルコス-独裁者であり、英雄でない」とは直結していた。 全ミンダナオへの戒厳令宣言は、フィリピン国軍、PNP(フィリピン議会)、内閣の安全保障担当集団、そしてメディアを含むすべての人を驚かせた。 しかし、宣言216が対処している問題がマラウイ市でのテロリストによる攻撃であるので、戒厳令宣言に対する人々の反応は、ドゥテルテ支持と反戒厳令で分かれている。この対立は、ドゥテルテ支持と反ドゥテルテで分かれている。 

 戒厳令支持と反戒厳令の立場は、民主主義、法的憲法的なかつ実際的な問いかけによっても、分かたれる。
 革新的な人々、特に左翼は、統一的な行動に人々を導き、最も批判的な戦線を期待することになる。 しかし、人々の多数は、深刻に分裂対立した「左」からの、混乱した徴候とメッセージによって邪魔される。 現在30年以上もの間、「左翼」は異なる方向に歩んでいる。

 ドゥテルテの反人民的で反民主主義的な行動にもかかわらず、イニシアティブが常に政府の側にあった国内武装組織との「和平会談の開始や中断」で、フィリピン共産党―新人民軍ー民族民主戦線(以下:CPP-NPA-NDF)によって導かれる「左翼の主流」は、泥沼に陥っている。 CPP-NPA-NDFに影響された選挙上の「パーティ・リスト」が、ドゥテルテ内閣支持、ドゥテルテ連立に加わって以来ずっと、議会は闘いのための舞台であるのをやめた。

 フェルディナンド・マルコスが45年前戒厳令を宣言した時と比べ、現在の「左」の状況はまったく異なる。 マルコス時代には、「左翼」党と大衆組織は、一つの力に堅固に連合した。左翼側は、マルコス・ファシスト体制に抵抗することでイニシアティブをとることができたろうし、民主的で進歩的な集団に数千人もの人々が入って来ることもできたろうし、反マルコス復古派とのさえ同盟を築くこともできたろうが、それにもかかわらず今は小さな勢力にとどまっているままだ。

 現在は、非同盟の、あるいは独立した人々の間で団結を高めている進歩的で民主的な社会の要素を統一し、幅広い多数の人々との緊密な関係を樹立しいく、真の左翼に変わっていく時だ。

 政治的な自分たちによるイニシアティブを立ち上げよう!
 多数の人々の間で、組織化し動員し、宣伝し文化的活動を行い、行動し続けよう!

 2017年7月4日 
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