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ハーグ仲裁裁判所は、仲裁ではなく対立を煽った [フィリピンの政治経済状況]

ハーグ仲裁裁判所は、仲裁ではなく対立を煽った

ドゥテルテ大統領.png
<ドゥテルテ大統領>

1)審理されるべきではなかった訴訟、法的拘束力はない裁定

 ハーグ仲裁裁判所は、7月12日、中国沿岸とフィリピンの間の“九段線”の内側にある様々な島々や岩に対する、中国の主張に不利な裁定をした。これに乗じてアメリカ政府は、中国に対する“国際法の尊重”要求をもっともらしく主張した。同時にペンタゴンは、挑発的にも、ドイツ連邦共和国海軍を巻き込み、中国を排除して、国際的海軍演習“リムパック2016”をこの地域で開始した。事態は益々険悪になりつつある。
 
 ハーグ仲裁裁判所とその裁定について、虚偽の宣伝が広がっている。
 ハーグ仲裁裁判所は、紛争中の両当事者と協力して、仲裁者の選任を促進するための、国際海洋法裁判所(ITLOS)所長配下にある官僚機構にすぎない。海洋法の仲裁機関は、当事国どうしが話し合いで紛争を解決する際の仲裁のために設置された機関であって、国内裁判所とかなり異なる。法的拘束力を持たない仲裁委員会が裁定を出す過程全体がそもそも違法だ。

 中国は、仲裁過程への参加も、仲裁委員会の管轄権を認めることも拒否し続けている。
 仲裁には、対立する主張の解決を求める両当事者(中国政府とフィリピン政府)が、お互いの対立する主張を解決すべく、中立的な仲裁人に救いをもとめることに同意する必要があるが、この手続きを欠いている。

 今回の場合、一方の当事国の中国が仲裁に同意しておらず、外交的な二国間交渉の継続を望んだにもかかわらず、アキノ前大統領政権がオバマ政権の指示のもと、一方的にハーグでの仲裁を進め、7月12日、仲裁廷の特別に選ばれた5人の裁判官が、中国とフィリピン間で対立している、南シナ海の、大半が無人の島々の一部に関して裁定を出してしまったのである。

 したがって、そもそも審理されるべきではなかった訴訟であり、裁定は無効であり、法的拘束力もない。そのようなことをすべて知ったうえで、中国非難の国際的宣伝を組織し対立をつくりだすために、フィリピン政府に訴えさせ、生まれた裁定である。

2)アメリカのアジア戦略

 東アジアは世界で最も成長を続けている地域だ。それゆえ南シナ海は経済的にも軍事的にも重要である。ここは、世界の日々の海運の約半分、世界の石油海運の三分の一、液化天然ガス海運の三分の二の通路であり、世界の漁獲高の10%以上を占めている。

 アジアへのリバランス戦略を掲げるアメリカは、世界の成長地域である東アジアを不安定な状態に陥れることで、この地域に対する影響力と支配権を確保しようとしている。日韓フィリピンとの軍事同盟を強化し、中国との対立構図を作り上げ、何らかの軍事行動、経済制裁実施が可能な状態を、計画的かつ戦略的につくりあげつつある。
 
 2013年まで中国とフィリピンは、島の紛争について外交的対話をしていた。2013年にアキノ政権が、対話をやめ一方的にハーグ仲裁裁判所に正式仲裁を請求し、以来、アメリカ軍による中国を意識した行動が行われるようになった。
 
 中国の重要だが脆弱な海上補給線、中国の経済的アキレス腱こそが、まさにアメリカ政府とNATOが、標的にしているものだ。それゆえ、アキノ政権に、ハーグ仲裁手順を一方的に開始するようにさせたのである。

 アメリカ政府は中国に対して「海洋法条約を守れ!裁定に従え!」と要求するが、アメリカ自身は海洋法条約に入っていない。批准どころか署名もしていない。その理由は、もしアメリカ政府が海洋法条約に入るなら、中国と同じような裁定をアメリカが食らい、従わねばならなくなるからだ。アメリカ空母の行動海域には、誰の許しも無用である、勝手にホルムズ海峡を通過し、世界のあらゆる海を自由に航行する。

 世界の覇権国であるアメリカは、アメリカ国益に反する裁定をつきつけられて権威を落とすぐらいなら、最初から加盟しない方が良いと考え、海洋法条約に署名していない。アメリカ政府は国際法を守るつもりなどない。イラク侵攻という重大な国際犯罪を犯したが、裁かれもせず、反省もしていない。

3)フィリピン政府には、アメリカの後ろ盾

 フィリピン政府の行為にはアメリカ政府の後ろ盾がある。
  
 1992年にフィリピン上院が撤退させたアメリカ軍を、アキノ政権は6年間の大統領在位中に、スービック海軍基地とクラーク空軍基地に再び招き入れた。2014年4月には、アメリカ政府との間に新たな防衛強化協力協定を調印した。

 アメリカ軍のフィリピン基地への帰還は、中国の世界的な影響力を封じ込めるためのオバマの“アジアへのリバランス戦略の一環であり、南沙諸島、スプラトリー諸島紛争に関するハーグ仲裁を開始するアキノ政権の決定は、オバマ政権により全面的に支援された。
 
 尖閣諸島に対する安倍政権の主張を支持し緊張を高めたのと同様に、アメリカ政府は、南シナ海の紛争中の領土問題を意図的に軍事問題化しようとしている。

 南シナ海での出来事は、アメリカ政府に安倍の日本も加わって、極めて入念に計画された事件であり、海洋法に関する国際連合条約の下で演じられているこの喜劇の当事者、主要関係者が一体誰なのかを知ることが重要だ。

4)日本政府の汚い役割

 今回の裁定では、仲裁委員会の5人の相互指名という、UNCLOS条約中の法的手順を遵守していない。フィリピンは、一人の裁判官を指名し、残りの4名を中国政府ではなく、当時の国際海洋法裁判所(ITLOS)所長だった柳井俊二氏が指名した。元駐アメリカ日本大使の柳井俊二氏は、安倍晋三首相の側近の一人であり、三菱グループの顧問でもある。
  
 アメリカと日本は、今回の裁定の不備、不法、強制執行の機能がないことなど意図的に隠しながら、裁定を無視する中国を「国際法違反の極悪な国」と非難して国際信用を失墜させるキャンペーンをおこなっている。裁定が出た後、アメリカ政府は「中国は裁定に従うべきだ」と表明した。日本外務省はマスコミに対し、中国が国際法違反の極悪な国であると宣伝するよう誘導している。日本のマスコミは、外務省の宣伝機関になっている。仲裁機関の機能を意図的に無視し、「裁判所」の「判決」が出たと書き、国内裁判所と同等の絶対的な決定であるかのような虚偽の報道を行っている。

 中国政府は、安倍政権が、ワシントンのために、汚らわしい傀儡役を演じていることをよく知っている。7月15日、モンゴルでの国際会議(ASEM)で会談した李克強首相に安倍首相が、海洋法裁定を受け入れるように求めた時、李克強は激怒し、「二国間問題である、日本は決して口を出すな!」と強い口調で応えた。
 
 米国が世界を引き連れて中国を批判しようとするが、喜んで乗っているのは日本だけで、欧州や東南アジアなどその他の国々は米国に同調してはいない。EUの首脳たちも英国でさえも、誰もこの件で中国を批判する発言をしていない。アメリカの同盟国オーストラリアは「そもそも本件は海洋法の仲裁になじまない」などと対立激化を押しとどめようとしている。
 このような事情を日本のマスメディアはまったく報道しない。

5)フィリピンでは?

 新たに選ばれたフィリピン大統領ロドリゴ・ドゥテルテが、中国との紛争をエスカレートさせようとするアメリカ政府からの圧力にどう対応するか、注目を集めている。
 なぜならば、ドゥテルテ新大統領は選挙前に、これまでの中国敵視・対米従属の国是を放棄し、中国と和解して米中双方と友好な関係を結ぶことをめざすと声明したからである。フィリピンが中国敵視・対米従属から対中協調・対米自立に転換していくのではないかという期待を抱かせた。
 ドゥテルテは、アキノ政権が拒否していた中国との直接交渉を再開すると語り、アキノとの「違い」を宣伝した。ドゥテルテ新政権は、裁定2日後の7月14日、フィデル・ラモス元大統領を特使に任命し、中国と交渉を始めた。

 海洋法機関は、当事者同士の和解を最優先し、和解結果の内容が海洋法にそぐわないものであってもそれを支持することになっている。中比が交渉で合意するならば、裁定は無効になり、「中国は裁定を受け入れ、埋め立てた環礁を元に戻し、南シナ海から撤退しろ」と求める日米などの主張も意味を失う。

 そもそもアキノが二国間交渉をやめ提訴したのに対し、再交渉に入っていることはすでに仲裁裁判所と裁定を無効にしていることを意味する。ただ、フィリピン政府は交渉で、裁定の実行を求めており、その点ではアメリカ政府の意向に従う立場を表明している。ドゥテルテ政権がこのままアメリカ政府の丸め込まれる可能性もある。ポピュリズムで当選したドゥテルテは、人気があるものの政治基盤はきわめて流動的なのだ。

 中国とフィリピンとの間での、中国と日本との間での、南シナ海や東シナ海の潮に濡れた不毛の島々を巡る意見の違いは、海洋埋蔵石油とガス獲得の問題でも、中国人漁師に、更に数百万匹の魚を獲らせようという問題ではない。

 これは、もっぱら南シナ海という東アジア諸国にとっての最も重要な経済地域・輸送路の平和と安定をいかに保つかという、安全保障にかかわる問題である。この地域で、いかに対立を拡大させず、軍事行動を起こさせないためにはどうすべきか? 対立をあおるアメリカ、便乗する日本の外交、軍事戦略をいかに止めるかという問題なのである。
 
 この点は日本国内でも同じ。東アジア地域の平和と安定こそ重要であるにもかかわらず、アメリカ政府の戦略にしたがって中国との対立は新たにつくられ煽られ、日米韓と中国の対立構図が徐々に確立整備されている。7月8日には在韓米軍への戦域高高度防衛ミサイルTHAAD配備が決定した。

 フィリピン国内では、フィリピン漁民が中国漁船に漁場から追い出された問題として、もっぱら宣伝されている。政府のみならず、野党も、左翼勢力も、フィリピン漁民支持から民族主義にあおられている面もあり、全体としてアメリカの対中国戦略に搦めとられつつあるのではないか。これら一連の動きは、極めて危険だ。ドゥテルテ政権の動向に注目が集まっている。(文責:林 信治)
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