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ピースサイクルはハンジン労働者を支持する [フィリピン労働運動]

 ピースサイクルはハンジン労働者を支持する 

 フィリピンピースサイクルでハンジン労働者を訪れた。

 ハンジン造船所へピースサイクル

DSC_2335 ●ハンジン造船所に向けてサイクリング.JPG
<ハンジン造船所に向けてすすむピースサイクル>

 ハンジン造船所は、フィリピン・ルソン島中部サンバレス州スービック町にある。そこはスービック湾を隔て、オロンガポ市の対岸にあたり、かつての米海軍スービック基地、現在はスービック湾開発公社(SBMA)管理区域内。ハンジン労働者の多くは、オロンガポ市の北、スービック湾の奥に位置するこのスービック町に住む。

 2011フィリピンピースサイクルは、3月5日スービックの町からハンジン造船所まで往復45kmのサイクリングコースを企画。当日早朝、地元オロンガポ、スービックのサイクリスト80名とともに出発した。

 ハンジン造船所(ハンジン重工業フィリピン:HHIC-PH)では、21,000名の労働者が昼夜2交代12時間労働で働き、造船所は24時間稼働する。スービック町周辺からは、多くの労働者が会社のバスで通勤する。バス乗り場が各地域にあるらしい。

 出勤時にあわせ、早朝出発したピースサイクルは、広くて殺風景なバス乗り場に集まった労働者に対し、ハンジン造船所での労災事故多発を告発し、安全衛生対策の改善を要求し、そのためには労働組合結成して闘うしかないと訴えた。多くの労働者が、声と拳をあげ訴えを支持した。この5年間で27名が労災で死んだことを、労働者たちはよく知っている。職場が危険なことをよく知っている。韓国人管理者が高圧的で乱暴なことをよく知っている。労働組合の結成準備が進んでいることもよく知っている。 

 ハンジン造船所門前まで予定していたサイクリングは、地元警察によって途中で止められた。地元警察はハンジン造船所と結託している。サイクリングの許可書は取っていたし、その場で役所に確認させたが、許可書の写しがないから駄目だという。

DSC_0356 ●警察にピースサイクルを止められる.JPG
<地元警察に止められた>

 仕方なくサイクリングは、その場で引き返し、町の中心など所々でアピールしながら進む。スービックはハンジンに関係する韓国人も多くいるらしい。サイクリング中も韓国人と思われたか、地元の人から何度か「アンニョンハセヨ」と声をかけられる。
 昼前に、スービック町のKPD事務所前に少し早めに戻り、サイクリストたちと昼食を食べる。サイクリストと写真を撮ってと握手する。オロンガポから来てくれたサイクリストたちは、これから帰るという。

 そのあと今度は、車でハンジン造船所前まで行く。問題なく行ける、公道だもの。ハンジン前の守衛が何人か飛び出してきて、造船所内の写真を撮るな!という。皆で集合写真を撮る。門前には、カンティンや簡単な食事をする店が連なる。多くのバスが停まっている。オロンガポからは通勤用に2台の船が出ているというその船が、下の桟橋に係留されているのが見える。

 門前からは造船所全体は見えない。山に登れば見えるらしい。登ってみる。門塀は「万里の長城」のように山まで連なっており、入ることはできない。造船所のあるところは、もともとスービック海軍基地である。基地の塀かもしれない。全景ではないものの、遠くに造船所が見える。地形にしたがって大きな溝を掘りドッグにしているようだ。

DSC_0078 ●ハンジンピースサイクル 集合写真.JPG
<ピースサイクル参加者>

 スービック海軍基地が1991年撤去し、そのあとは経済区になり、多くの外国企業が進出してきた。米軍基地がなくなったことで、多くのセックス産業が消えて行き、新しい仕事が増えた。
 しかし、フィリピン政府は労働者の保護規制を撤廃した。それを利用した労働者の権利、人権を認めない進出企業も目立つ。ハンジンは、フィピンに新しい困難をもたらしている。新しい社会的問題をもたらしている。大きな問題だ。

 ピースサイクルは、ハンジン労働者とハンジン労働組合の闘いを支持する!
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