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小説『むらぎも』の一節 [女系天皇制を論ず]

小説『むらぎも』の一節

「片口はおそろしく皇族連に同情的なんだナ…」
……
……ためらつている安吉へおつかぶせて平井は歩きながら続けた。
「皇族つてものは、それ自身で、皇族であることですでに侮蔑さるべきものなんだよ。根本的に侮蔑さるべきものなんだ。よしんば彼らに、何か同情したくなるような点が仮にあつてもだ。それは、その基本的侮蔑に結びつけてだけ問題たりうるんだよ。その同情は、基本的侮蔑の派生的部分でありうるにすぎんのだ。いいか。今の摂政は母親から生まれているネ。」
平井が何を問おうとするのか安吉にはわからなかつた。
「つまり彼は、正当の母親から、つまり正式に皇后の腹からその子として生まれているんだ。だけどネ。父親のほうは、つまり天皇のほうはネ、明治天皇の皇后の腹からは生まれていないんだよ。その明治天皇はネ、孝明天皇の皇后の腹からは生まれていないんだよ。そしてその孝明天皇は、仁孝天皇の皇后の腹からは生まれていないんだよ。その仁孝天皇は、光格天皇の皇后の腹からは生まれていないんだよ。その光格天皇は、後桃園天皇……だけど君、暦朝天皇の名、知つてるか。」
「知らないよ、はじめのほうなら知っているナ。ジンムー、スイゼー、アンネー、イートク、コーショー、コーアン、コーゲン……」
「馬鹿だなア。存在しなかったんじやないか、そんなもの……とにかくネ、今の摂政はネ、あれはとにかく正式の母親だよ。あれはおれとおないどしで、おれは特別にちやんと知っているんだ。だけどネ、今上天皇から先は、おやじも、じいさんも、ひいじいさんも……」と、何か個人的な原因でもあるかのような憎さげな調子で平井は続けた。平生口べたな平井だけに、いつそう憎々しく、溜めておいたのが走り出してくるような模様でそれが安吉にふりかかつてくる。「ほとんど全部全部、めかけ腹なんだよ。ヒだとか、ヒンだとか、ニヨウゴだとか、チュウグウだとか、テンジだとか、ツボネだとか……そんなの一体あるかい! 天皇が親で、人民が子で、両者統一の原理が家族主義だつちゆう本家本元が――(その『ちゆう』というのさえわざとのように、わざと卑しくひびかそうとしているように安吉には聞こえた。)――先祖代々めかけ腹だなんてことがあつていいのかネ。おれのおやじはネ、その点で苦しんだことがあるらしいんだよ。いや、歴代のことじやなくて、おやじ自身の結婚生活のことだ。そりや、ま、いいか。とにかくだ。日本の百姓は、先祖代々めかけ腹でやつてきたなんてものは一人もいやしないよ。片口……」といつて、何か激してきたらしく立ちどまりそうになったがまた歩きだして平井は続けた、「上層の町人なんかはまた別だつたかも知れんけれど、日本のすべての百姓は、世取り息子がないときには婿養子をしてやつてきたよ。男も女もいないときには夫婦養子をしてやつてきたよ。嫡系の男子を獲るためにというただそれだけのことで、女という女を使つて、男の子が生まれるまでやってきたなんて……それも先祖代々だ。そんなの、百姓のなかには、絶対いやしないよ。今日の労働者階級がそうだ。それでもどうしても跡取りがないときには、彼らは大名とはちがつた意味で家を断絶させてきたんだ。家名断絶なんていうじやなくて、そつと、『家』を一つ消して自分も消えてつたんだよ。……

中野重治の小説『むらぎも』の一部分。『むらぎも』は1954年に発表された。主人公安吉とその友人の平井は東京帝国大学の学生で、二人とも新人会会員である。1926年ころのある学生の会話として描かれている。したがって文中にある「摂政」とは後の昭和天皇のことである。
中野重治は「著者うしろ書」で「わたしはここで、大学生活のなかで新人会から与えられたものを書こうとした。……」と書いている。


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