SSブログ

ドゥテルテ政権末期の政治情勢 [フィリピンの政治経済状況]

ドゥテルテ政権末期の政治情勢

s-オースティン米国防長官(左)とドゥテルテ大統領(7月29日).jpg
<オースティン米国防長官(左)とドゥテルテ大統領(7月29日)、ドゥテルテの左手を見よ! ポケットにい入れたままだ。オースティンは無礼と怒らなかったのだろうか!>


1)米中対立のなかで独自に振る舞うフィリピン 
①米軍の戦略の変更--中国を包囲する :

 米政府の対中国強硬策、「中国封じ込め」の米軍事戦略にとって、フィリピンは地政学上重要な位置にある。かつて米軍はクラーク空軍基地、スービック海軍基地から撤退し、嘉手納やグアムに集中したが、再びフィリピンで活動したがっている。その背景には、中国軍のミサイル軍の整備、その精度・飛距離の向上がある。東アジアで米軍と中国軍が戦闘すれば米軍が敗れると想定されるまでになっている。

 海南島の海軍基地を母港とする中国海軍潜水艦はバシー海峡(フィリピン―台湾間)を通り太平洋に出る。すでに米軍は南シナ海で対潜哨戒の軍事演習を実施し、海上自衛隊もすでに何度も参加している。米軍は11隻の空母を持ち世界に展開しているが、21年の太平洋への出撃日数が全世界の5割を超えた。中国を第一の脅威と見ているからだ。

 バイデン米政権はASEANを無視した前トランプ政権の政策から転換し、同盟国と協調して中国に対抗するためにフィリピンを含むASEANとの関係を修復しようとしている。

② VFA(米比軍相互訪問協定)破棄から存続へ 

 オースティン米国防長官は、7月末、東南アジア3カ国、シンガポール、ベトナム、フィリピンを訪問し、7月29日にはフィリピン政府とVFA存続で合意した。訪問の最大の成果だ。VFAはフィリピンにおける米軍の法的地位を定めており、破棄されれば米軍がフィリピンで活動する根拠を失う。

 そもそもVFA破棄をドゥテルテが言い出したのは、20年1月、側近であるデラ・ロサ上院議員(2016-18年国家警察長官)の米入国ビザ発給を、米政府が拒否したことに怒り、半年後の破棄を通告した。その後現在に至るまで「破棄」を延期してきたのだが、上記の通りVFA存続で合意した。

 ただドゥテルテ政権によるVFAの扱いがきわめて「軽い」のだ。VFAを存続させたが、フィリピンがこれまでのような米国の同盟国に復帰するわけではない。ドゥテルテはオースティン米国防長官の訪問を受ける直前まで、中国から資金援助をうけたマニラ首都圏の橋開通式典に出席していた。

 フィリピンは21年1月からは中国製ワクチンの供給を受けてきた。最近までドゥテルテは「米政府がコロナ・ワクチンをよこせば、VFAを存続してもいい」と公言していた。VFA存続により米国はワクチンを供給するようだ。ワクチン入手の外交上の取引材料としてVFAが扱われている。
(日本政府が米政府と交渉するため、日米安保条約の破棄をちらつかせるようなものだからだ!)

 フィリピンの貿易の3割は中国が相手であり、米国とは約15%だ。他のASEAN諸国と同様、フィリピンは中国―東アジア経済圏のなかにあり、グローバル経済とつながり高度経済成長を遂げている。フィリピン支配層はそのことに自信をもっているし、ドゥテルテもその立場に立っている。

 1980年~2000年代までは、仮にフィリピン政府が「VFA破棄」などといえば、米政府・米軍の意図を受け比軍内でクーデターが起きて政権が交替していたはずだ。いまや、東南アジアにおいて、米国政治と米軍の力は大きく後退しておりクーデターを起こす力はない。新植民地主義による米国支配の時代はすでに終わっている。

 ASEAN諸国は、ASEANという連合体としてさらなる成長を構想する経済―政治関係の構築をめざしている。ASEAN諸国はこの地域での紛争、軍事的な対立を嫌い、「米中対立をASEANに持ち込むな!」と明確に主張している。シンガポールのリー・シェンロン首相は「我々に米国か中国かの選択を迫るな!」と強い口調で述べた。米国の対中国強硬政策を拒否するASEANの立場をよく表現している。

③7月26日、ドゥテルテ最後の施政方針演説

 政権の任期が残り9ヵ月余となった7月26日、ドゥテルテは最後の施政方針演説に臨み、6年間の成果を強調した。「インフラ促進プログラム」、「麻薬撲滅戦争の成果」、「国民皆保険法など重要法整備の進展」、「反共政策の強化」、「新型コロナウイルス対策」など過去5年間の政権の実績を3時間弱にわたり誇らしげに語った。

 「麻薬撲滅作戦」とは軍・警察の権力強化であった。労働運動、市民運動弾圧のための「反共政策の強化」であった。ドゥテルテの施政演説中マニラでは、反ドゥテルテの大規模な抗議行動、デモが繰り広げられた。

 施政演説中、注目すべき点は対中政策であった。南シナ海の領有権問題など外交政策についてドゥテルテは「独立外交政策を積極的に進めてきた」ことを誇った。アキノ前政権時に、南シナ海スプラトリーの領有権問題で、比政府が仲裁を申し立て、一方中国政府は申し立てていないのに、ハーグ国際司法裁判所は勝手に受け付け「スプラトリーは中比、いずれの領有も認めない」とする「南シナ海判決」を出した。この判決は、米国戦略に都合のいい判断であり、米軍の「航行の自由作戦」に根拠を与える内容となった。そもそも2カ国のうち一方である中国政府が仲裁を申し立てていないのに、国際司法裁判所が勝手に仲裁判決を出すのはきわめて異例なことだ。

 ドゥテルテはその手続きの不備を認め、「(判決は)仲裁裁判手続きに加わっていない中国を拘束するものではない」として、判決を重視しない立場であることを施政方針演説でも確認した。判決は「ただの書類である」とした上で、「中国との戦争をけしかけてはならない、対中戦争を煽るな!」と述べたのである。

2) 経済成長を遂げつつあるフィリピン 

 フィリピンの一人当たりのGDPはすでに3,000㌦を超え、「中進国」となった(2020年3,323米㌦)。消費動向が変化していくはずだ。ただ、国内の経済格差はむしろ拡大している。グローバル経済と結びついた大マニラ経済圏は急速に経済成長を遂げながらも、地方には旧来の伝統的な社会が残存し、その格差は極端に広がっている。

 フィリピンの人口は1億人を突破した。労働人口は4,500万人(2020年)であり、そのうち1,000万人が海外出稼ぎ労働者である。(2018年の在外フィリピン人からの送金額が過去最高の289億ドル。2019年GDPは3,768 億㌦、GDPの約8%は海外からの送金)。ただここ数年、出稼ぎ労働者数の増大が止まったままだ。

 出生率は高く幼児と子供の数が多い、フィリピンの平均年齢は24歳と極めて若い。ただこの10年、出生者数の増大も止まっている。農村から都市へ大量に人々が流入し続けている。流入人口が膨大なので失業率は高いままだ。農民層が急速に分解し、都市労働者に階級を変えており、国内消費市場は拡大を続けている。

 フィリピン経済は大きく転換しようとしている。経済は「高度化」し拡大し雇用は増えるだろう。海外出稼ぎ労働者数はいずれ減少に転化すると思われる。

 フィリピンは、他のASEAN諸国に比べて製造業が十分に発展してこなかった。タイ、インドネシア、マレーシアなどに比べ、機械加工・部品生産・プラスチック成型などを行う下請け・外注が広範に形成されていないため「厚みのある」垂直統合型の製造業が形成されていない。一方、サービス業はもともと盛んであり、金融、不動産、国際的な通信と結びついたサービス業(コールセンターなど)が急速に拡大している。ITとむすびついて根本的な変革が起きており、最近はさらにDXが急速に展開し、サービス業の急拡大と効率化が目立っている。中国資本を中心に直接投資も増大し、今後も継続した経済成長を遂げるとみられる。

3)これまでのフィリピン政治 

 これまで長い間、米国の支配下にあり傀儡的な政権が続いたフィリピンであったが、最近はASEANの一国として経済成長を遂げ、米支配からは離れ独自の地位を築いた。ドゥテルテ政権はより独立的となったフィリピン民族資本の政権だ。フィリピンの支配階級は大資本であるが、フィリピンでは政権を獲った者が国家権力を通じて利益を配分したり自身が資本家になるクローニー政治が長らく続いてきた。ドゥテルテ政権もその性質を多く引き継いでいる。クローニー政治では、権力者が利益を配分する。軍や警察は権力者・支配者の意向に従って動くことで政権内での地位を確保してきた。ドゥテルテ政権下でも軍や警察は、麻薬取締、コロナ対策を口実に労働運動・市民運動を弾圧することで、支配層内での役割をアピールし、政権内の確かな権力を構成するまでになった。

 逆に言えば、軍や警察による強権的な弾圧が続いてきたことで、共産党系の労働運動、市民運動が一つの核として残り、政府や権力と対峙する政治的な関係が続いているのである。いまではむしろ「希少」になった政治的な構図である。

 フィリピンには死刑制度はないし、英米型の法制度も存在するが、支配層が法律を守らないところに大きな問題がある。権力者である軍や警察、有力者が、法を無視して勝手なことをする政治が続いている。フィリピン社会の大きな問題は権力者による無法な支配だ。人権弾圧が続いている。国内でも厳しく批判し抗議行動も組織されているし、国際的にも改善を要求されているが、ドゥテルテ政権は改善するつもりがない。軍と警察による労働運動や民主的な活動、人権活動に対する露骨な弾圧や「超法規的殺人」が止まらない。こういうことは資本が自由な経済活動をする上で、効率的合理的ではないので支障となると思われる。

 ドゥテルテ政権の人権弾圧、労働運動、民主運動への弾圧に、人々の側は抗議活動を継続しているし、人々の怒りと政権に対する反発は大きなままだ。ずっと続いている。ドゥテルテ政権は利害で誘導し支配層をまとめ上げ、抗議に対しては強権で弾圧し抑え込んでいるが、批判と不満は蓄積しており、ドゥテルテ政権の基盤は決して盤石ではない。

4)22年5月の大統領選

 来年22年5月に大統領選があり、ドゥテルテは退陣する。候補者予定者の顔ぶれから見て、フィリピン支配層内での候補選びになりそうだ。軍や警察は、自身の政府内での権力を確保してくれる候補を推すだろう。フィリピンの支配階級である資本家、特に中国人系資本はこれまでは権力獲得争いから一歩引く立場をとってきた面がある。ただフィリピン資本家層の力は経済成長によって十分大きくなっており、大統領選に影響力を行使する力をすでに持っている。どのように介入していくのか、未だよく見えない。形成されつつある都市中間層が大統領選でどういう要求を持ち行動するのかも、不明だ。都市中間層は自身の政治的代表を持っていない。

 ドゥテルテの娘であるサラ・ドゥテルテ(42歳)ダバオ市長は有力な候補であり、軍や警察、中央と地方の有力者など権力者内での調整がうまくいけば、当選する可能性は高い。「安定した」支配体制を継続するために、ドゥテルテが副大統領となることも大いにありうる。7月13日に発表された世論調査では、サラ候補が28%でトップに立ち、2位に14ポイントの差をつけた。

 マルコスの息子ボンボン・マルコスなどの候補者は、クローニー政治による当選後の権益配分の調整を中央と地方の有力者に働きかけることで支持を得ようとする旧来型の候補である。有名なボクシング・チャンピオン、マニー・パッキャオも出馬するようだ。人々の側は、軍や警察の弾圧によって、労働組合・市民団体は抑えられ傷つけられている。独自の候補を出す事は今回も難しそうだ。(前回の大統領選では、BAYANのメンバーを閣僚に据えると確約したドゥテルテを支持した。)

 候補者を見る限り、大統領選が「人気投票」になっている。その理由は、大多数の庶民、貧民が組織されていなくて自分たち要求を実現する代表をもっていないからだ。孤立した大衆は、利益誘導やネットなどを通じた支配的な宣伝に直接つながり、全体的に見て取り込まれている。

 22年の大統領選は、その支配はより不安定になるだろうが、おそらくドゥテルテ政治を根本的に変える可能性は小さい、あるいはドゥテルテ政治のコピーが現れるのではないか。したがって、しばらくは混沌とした情勢、人々にとっては厳しい状況が続くと思われる。(2021年8月6日記)





nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:ニュース

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。