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ネグロスで農民14名が殺害される [フィリピンの政治経済状況]

ネグロスで農民14名が殺害される
ーーー軍と警察によるNPA掃討作戦ーーー



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<3月26日、キャンプ・クラメ前での抗議行動 The Japan Times>


1)ネグロスで14名が殺害される

 3月23日(土)、ヴィサヤ地方東ネグロス州の3つの町で14人の農民がフィリピン国軍と警察によって殺害された。フィリピン国家警察は、「14人の共産主義反政府勢力が発砲したので殺害した」と述べたが、人権団体は殺された男たちはみな農民であり、最近の超法規的殺害の犠牲者であると主張している。

 警察と国軍は3月30日、共産党の軍事部門、新人民軍(NPA)に対する大規模捜査を展開、「NPA側が発砲したので14人を殺害、15人を逮捕した」と発表。遺族や人権団体などから「殺されたのは皆農民であり、銃など持っていなかった。農民の虐殺だ」との批判が噴出し、双方の主張は食い違う。

 アルバヤルデ国家警察長官は4月2日、東ネグロス州警察本部のタカカ本部長やカンラオン署長など計4人を、調査のため一時的に解任すると発表した。長官は1日には「捜査令状に基づく合法的な捜査」と述べ、虐殺批判に反論しており、大統領府もこれを追認している。2日インクワイアラー紙によると、東ネグロス州のデガモ知事が「なぜこれほど死者が出たのか」と述べ、警察に納得のいく説明を求めたと報じている。フィリピン人権委員会(CHR)も独自の調査を行うよう地域支部に指示した。

 農業組合連合(UMA)によると、殺害されたジプニー運行者・運転手組合支部議長は、令状を読んでいる最中に射殺された。捜査員は殺害後、左派系政党のアナックパウィスやバヤンムナの選挙資料を持ち去った。(アナックパウィスやバヤンムナとは、選挙に出るための合法的な「パーティリスト」政党であり、フィリピン共産党の支持者などが、「パーティリスト」から選挙に出ている。)

 またアナックパウィスの女性役員は、銃器違法所持の令状を突きつけられ、夫とともに外に連れ出され、「声を立てたら殺す」と脅されたという。警察は女性を銃器不法所持容疑で逮捕したが、人権団体によると、女性は銃器所持の覚えがなく「恐怖で黙る以外なすすべがなかった」と話したという。(以上、まにら新聞、The Japan timesによる)



4月3日国家警察前での抗議行動 まにら新聞 - コピー (500x333).jpg
<4月2日、マニラ首都圏ケソン市 国家警察前での抗議行動 まにら新聞>


2)軍と警察はNPA掃討作戦を行っている

 この事件で明らかなことは、軍と警察がNPAを狙った掃討作戦を行っているということだ。これまで麻薬摘発を理由に、軍や警察は5,000人を超える殺害を繰り返してきた。軍と警察は「すべて麻薬捜査中に反撃したのでやむなく射殺した」と説明してきた。(フィリピンでは死刑は廃止されており、裁判で死刑になることはない)。麻薬密売を理由にドゥテルテ大統領を批判する政治家をも殺害し、軍や警察は強圧政治を担うことでドゥテルテ政権を支えてきた。そのことで政権内での地位を確保しかつ強化してきたのである。

 麻薬摘発時の殺害だけでなく、最近は労働組合のリーダーや農民のリーダーらが、オートバイに乗った二人組に銃撃され殺される事件が増えてきた。軍の仕業だろうと言われているが摘発されていない。18年秋には警察が教員組合の組合員リストを入手したことが暴露され、労働組合員の掃討作戦の準備ではないかと、大きく批判された。

 今回の事件は、軍と警察はこれまでの麻薬摘発による殺害から、NPAや労働組合リーダーの掃討作戦へと大きく踏み出しており、さらに最近は一層エスカレートし、軍と警察による暴走の様相を見せている。

国軍と警察による捜査で散らかった部屋 ネグロス・カンラオン市 NFSW提供 - コピー (500x281).jpg
<ネグロス・カンラオン市 国軍と警察の捜索で散らかった部屋>



3)抗議が広がっている

 3月26日(火)、ネグロスの14名の農民殺害に抗議して、マニラ北東部のケソン郊外のキャンプ・クラメ前で市民団体、人権団体、労働組合などが、抗議行動を行った。4月2日には労働組合連合KMUなど左派系の労働組合、市民団体は、首都圏ケソン市の国家警察本部前で、東ネグロス州の14人殺害事件に抗議する集会を開いた。(フィリピンでは警察官は市や州に雇われているが、これとは別に国家警察があり、国家警察が麻薬摘発や左派の労働組合、NPA襲撃を主導している。)

4)フィリピン最高裁、超法規的殺害の可能性を指摘

 ドゥテルテ政権発足以来、5,000人以上の麻薬容疑者が警察との銃撃戦で死亡したとされ、その人数のあまりの多さにフィリピン国内の人権団体ばかりでなく、欧米諸国の人権団体からもドゥテルテ政権による裁判の手続きを経ない「超法規的殺人」であると、抗議が続いている。ドゥテルテ大統領は政権による違法殺害の命令を否定しているものの、麻薬容疑者を「死」で脅しているのは事実だ。

 この何千人もの殺害により、集団殺人訴状が国際刑事裁判所に提出されたが、ドゥテルテ政権は国際法廷からの撤退をすでに表明した。

 4月2日フィリピン最高裁は、2つの人権団体、Free Legal Assistance Groupと国際法センター(International Law Center)が提訴した超法規的殺害の申し立てに対し、「精査すべき可能性がある」という判決をくだし、大統領の反麻薬取締りで数千人の容疑者の殺害に関する警察文書の発表を命じた。最高裁の広報官ブライアン・キース・ホサカ(Brian Keith Hosaka)は、「裁判所が政府の弁護士代表に、警察の報告を2つの人権団体に提供するように命じた」と述べた。北部バギオ市で開かれている15人の裁判官による司法会議では、ドゥテルテ大統領の反麻薬キャンペーンを違憲と宣言する別の申立てを審議中である。

 ホセ・カリダ(Jose Calida)司法長官はかつて、殺害に係る警察文書を裁判所に提出することには同意したものの、上記2つの人権団体の提出要求を却下していた。今回の判決はその決定を覆すものである。

 これら文書が開示されれば、ドゥテルテが大統領に就任した2016年半ば以来、開始された警察主導の取り締まりと発生した大量の容疑者殺害を精査するのに役立つはずだ。さらにはドゥテルテ政権の強圧政治をやめさせることにつながる。

ケソンの人権委員会前で14名の殺害に抗議 UMA提供 - コピー (500x375) (500x375).jpg
<ケソン市人権委員会前で、14名殺害に抗議、追悼会>



5)ドゥテルテ政権の「超法規殺害」は麻薬摘発から、
労働組合、農民運動にシフトしている


 ドゥテルテ政権は公約である麻薬摘発を軍や警察に実行させたが、5,000人以上のきわめて多くの容疑者を摘発過程で殺害した。警察や軍はいつも「抵抗したり発砲したのでやむなく殺害した」と述べ、少しも罰せられていない。警察や軍に全能の権限を与えているようなものであって、裁判を経ない政権による政治的な「超法規的殺害」であると国内外の人権団体や市民、労働組合などから、激しい批判が続いている。

 16年半ばの政権発足後にはじまった「政治的殺害」は、ドゥテルテ大統領の政敵をも殺害し、強圧政治によってドゥテルテ政権の権力基盤を「安定」させた。そのことで国軍や警察は、ドゥテルテ政権内の地位を確保し強化してきたのである。前アキノ政権では、国軍や警察は権力から「冷遇」されていた面があった。ドゥテルテはこれを利用していると言っていい。

 さらに政権内での地位を強化するために、国軍と警察は、麻薬摘発から、ターゲットを労働組合や農民運動、NPAなどの左派グループの弾圧、掃討作戦へとシフトしつつあり、その行動は最近エスカレートしている。

 当初、ドゥテルテ大統領は、政権発足前からNPAやMILF(モロイスラム解放戦線)などに内戦終結・和平協定締結を公約の一つに掲げ、左派の一部や労働組合員からも支持されて当選した。MILFとは和平協定から19年2月にはイスラム自治政府発足までこぎつけている。

 一方、政権発足時には国民民主戦線(NDF)など左派グループから4人の閣僚を迎え、融和的な姿勢を見
せたが、政権発足から一年後の17年9月、閣僚任命委員会はそのうち3名を承認せず、結局4名は政権から追い出されていった。ロペス前環境天然資源相(環境問題活動家)、タギワロ社会福祉開発相(元フィリピン大学教授、女性解放研究者)、マリアーノ農地改革相(KMP出身)、リサ・マサ国家人貧困撲滅委員会共同代表(ガブリエラ名誉議長)。同時にNPAとの和平交渉もドゥテルテ側から頓挫させ、17年12月にはNPAを「テロ組織」に認定し、「敵対」する姿勢へと転換した。18年、労働雇用省のマグルンソッド副長官(KMU元議長)など政権内の民主的な官僚が追い出される過程はさらに加速し、政府内への軍や警察の影響力は大きくなっている。

6)ドゥテルテ政権の「変質」の背景

 政権発足からの経過を振り返ってみれば、ドゥテルテは政権掌握においてきわめて「したたか」だった。ドゥテルテが大統領就任した時の政治的基盤はきわめて脆弱だった。彼は力強い政治運動、政治グループの支持で当選したわけではないし、旧来の支配層(「上流階級・上流家族」)出身でもない。巧みなパフォーマンスで人気投票に近い選挙に持ち込み勝利者となった。選出後、権益を享受している既存のフィリピン資本家、旧来の支配層、政府官僚らとどのように折り合いをつけるかが大きな問題だった。この政権掌握過程が極めて「したたか」だったのだ。

 政権発足後は軍や警察を使って麻薬摘発の名のもとに政敵を排除し、徐々に強権政治で政権を掌握してきた。

 他方、旧来の政治家や支配グループであるマルコス家やアロヨ元大統領グループは利権から現政権にすり寄り、ドゥテルテも政権に加えることで、その支配を強化した。フェルデナンド・マルコスの息子であるボンボン・マルコスを副大統領にしているのはその意味である。地方ではこれら旧来の支配者が地域を支配している場合が多い。選挙時にドゥテルテが「反アキノ」(前大統領ニノイ・アキノ)を掲げていたのは、これら旧来の支配グループ、利権グループの支持を当て込んでいたからである。下院議員、上院議員、州知事などの多くは、旧来の支配者、利権グループから出ており、その結果今では、議会におけるドゥテルテ支持が多数派になっているのである。

 ただし、ドゥテルテ政権は誰の政権か?と問われれば、フィリピン資本家層の政権と答えるべきである。 ドゥテルテ政権は、確かにこれまでの政権と異なり、米国支配に従わず、東南アジアで影響力を増す中国との関係改善に舵を切った。背景には、フィリピン資本家層、支配層の志向がある。経済界はアセアンの一国として、さらには中国との関係改善のうちに「民族的な」経済発展を構想しているからである。フィリピンだけではない、アセアン諸国に共通する志向だ。経済政策はドミンゲス財務相とその配下のスタッフにほぼ任せている。彼らはアキノ政権からその地位にあり、ドゥテルテはこれをそのまま引き継いでいる。

 フィリピンはこの10年、7%前後の高い経済成長を遂げてきており、資本家層は膨大な資本蓄積をしてきたとともに、資本家の層も「厚く」なっている。この面ではフィリピン社会は、例えば20~30年前に比べ、大きく様変わりしたと言える。

 旧来のフィリピン資本と言えば、米国政府にすり寄ったり進出してくる外国資本にしたがって利益を得ようとする買弁資本がその典型的なタイプであったが、資本蓄積に伴いより自立・独立志向が高まっている。特にアセアン経済共同体(AEC)が発足し、大国である米国、中国、日本などとの経済交渉においては、フィリピン一国で交渉するのではなくアセアンとして交渉する方向へと転換している。最近の米中経済摩擦においては、米中との等距離外交を志向しており、順調な経済発展を破壊しかねないこの地域での紛争や対立には強い反対の姿勢、拒否反応を示している。アキノ前政権までは、アメリカの傀儡政権の性格を強く残していたが、ドゥテルテ政権は米中等距離外交への転換を果たした。その意味では、ドゥテルテはフィリピン資本家層の意向にしたがって動いているし、資本家層も功績をあげたドゥテルテをこれまでのところ支持している。法人税の引き下げ、外国資本の輸出税免除の廃止などに見られる通り、フィリピンの資本家層の利益に沿った経済政策を採用しており、この点でもフィリピン経済界はドゥテルテを支持しているのは明らかだ。

 今のところ、資本家層や旧来の支配層は、国軍や警察の横暴に目をつむっているようであるが、しかし、国軍や警察のあまりに無法な振る舞いがさらに幅を利かすようになれば、政権内でもその影響力は強まっていくことを意味する。その際には、資本家層との利益ともぶつかる場合も出てくるであろうし、支配層内の争いも生まれてきかねない。

 いずれにせよ、ドゥテルテ政権は発足後、内部でどのような力が働き、その性格をどのように変えてきてたのか、変質してきたのかを認識しておかなくてはならない。

7)国軍と警察による人々の弾圧に抗議する!

 軍や警察が「共産主義勢力」を敵視し、殺害していることが大きな問題だ。ドゥテルテ政権はNPAを「テロ組織」と認定し、軍や警察のよる一方的な殺害を実行させている。政府が「テロ組織」と認定すれば人権を蹂躙してもいい、殺害も許されるということではない。「共産主義勢力」、「テロ組織」の認定も、政権や軍・警察が勝手に行っており、政権を批判している人すべてが、「共産主義勢力」、「テロ組織」あるいは「麻薬容疑者」とみなされかねない。

 国軍と警察による労働組合や農民運動の弾圧は、人権問題でありかつ政府による民主的な運動への弾圧であって、何よりも多くの人々が反対の声を上げ、軍と警察を告発し、同時に実行させているドゥテルテ政権の責任を追及しなければならない。

 ドゥテルテ政権による、国軍と警察による人々の弾圧に抗議する!
(文責:林信治)






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